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船上神社参拝行(2)

続きです。

船上山。滝のぞきより。
(船上山 滝のぞきより見る。)

船上神社大祭の日は、世の中的には休日でしたので、サービス業のきっどは会社へ出勤。参加は出来ませんでした。
次のきっどの休日は荒天でしたので、その次の休日。妻を伴って船上山に向かいました。

以前、「鱒返しの滝」に向かって登って行った道とは、全く違うコースをたどります。
船上神社に向かうなら、いくつかある登山道のうち、「西坂登山道」が良いと聞きました。
いくつかの登山口をつなぐ外周道路を車で走りながら、西坂登山道入り口の看板を見逃さないよう探します。
有名な屏風岩の景観を山の正面とするなら、その裏側へと回り込んだあたりで、「西坂登山道」の看板を見つけました。

整備駐車場はありませんでしたが、砂利や残土で窪地を均したような路肩の広い場所があり、そこへ車を止めて登り始めました。
登り初めだけ比較的急こう配でしたが、あとはじっくり高度を上げるような感じです。

ハイキングコースとして奨励されている「東坂登山道口」から向かっても一見近いようですが、後になってここから登らず良かったと思うことになります。

しかしながら。。。西坂登山道は全くの登山道でした。
鱒返しの滝の登山と同じ、ぼんやりしていると、クマザサで踏み跡がぼやけて見えます。
見晴らしがあるわけでもなく、サルとミミズクの鳴き声を聞きながらの、森の中のストイックな行軍です。
いってしまえばマイナールートなのでしょうが、こちらの登山道の方が、より後醍醐天皇とゆかりがあるそうです。
迷ったり、危険だったりは全くありませんが、神社参道といわれて描くイメージとは程遠く思います。
大祭では氏子さんたちが、祭器を歩荷したのでしょうか?聞き忘れました。

ようやく空が明るくなり、こう配も緩やかに。ほどなく神社境内に行き着きました。
慣れないせいもあってか、ここまで50分を要しました。

この社は、昭和の初めに移築建築されたといいます。山の頂上に忽然と現れるこのような社を、どのように管理されているのでしょうか?人知れぬご苦労を感じます。

早速拝殿で参拝。今までの不義理をお詫びし、おかげさまで良い作品を描くことが出来ましたと報告しました。

拝殿を回り込み、本殿に行くと、海藻がお祀りされていました。
詳しくは知りませんが、全国的には珍しいことだと思います。今度、仔細を聞きたいと思います。

船上神社


続きます。
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船上神社参拝行(1)

こんばんは。ぶらすたーきっどです。

山陰と、関東。きっどの二つの故郷をつなぐ有名な古典文学に、「太平記」が君臨することは、以前よりこのブログでも綴ってまいりました。
島根県においては、隠岐の島が。そして、わが鳥取県では「船上山」が、後醍醐天皇の存亡をかけた戦いの舞台として描かれています。
きっども、郷土風景画作家として、南北朝の歴史とともに船上山の風景画を制作。中央展に出品したことがあったりして、取材でなにかとなじみ深い場所です。

観光地としての船上山は、比較的気軽なハイキングコースでもあり、また、沢登りやロッククライミングなどのアクティビティーや、屏風岩、一枚岩渓流など奇岩鑑賞スポットもあるという、盛沢山な場所です。
さらに、歴史的にも、後醍醐天皇ゆかりの地というだけでなく、大山と峰続きの為、その強力な山岳仏教の勢力下にあったことが伺える遺跡が残っています。
神仏判然以降、山頂付近にある「船上神社」が、その歴史を今に遺しているとされます。

今年、その船上神社の宮司さんの交代が行われました。
後任となったのは、伯耆一宮の宮司さんで、なんと兼務を引き受けたのでした。
この方はきっどの個展の安泰祈願ばかりでなく、作品展にも顔を出して下さる、とてもお世話になっている方です。
この方は、いつも社務所で長話を楽しんでしまう、気易くもすばらしい人格者なのですが、ある日、珍しく緊張の面持ちで語って下さったのが、「船上神社」の後任宮司の話でした。

というのも、「船上神社」は、船上山登山口の一番近いところからでも、片道最低40分は登山道を歩き続けなければなりません。
先任は、年齢的にこの登山が困難になったことが交代の要員の一つと考えられ、後任においても気安く引き受けられないと悩まれたのかもしれません。
しかしながら、最終的にお引き受けしたということですから、さすがだと感心しました。

その時、きっどは、肝心なことを忘れていたと気が付きました。

きっどは、作品に描く場所のゆかりの神社に必ずご報告の参拝をしています。
船上山を3作描いていますが、なんと一度も「船上神社」に参拝していません。
琴浦町伯耆一宮や、名和神社は真っ先にゆかりを感じお参りしたのですが、船上山頂上の神社までは気が回りませんでした。

「これは一度お参りに行かねばヤバい。。。。」

すると、この宮司さんから見透かされたように、
「5月に大祭がありますから、一度、船上神社に来ませんか?」というお誘いを頂きました。
「ゆきます!」
即答しました。

続きます。


出かけられないから、脳内「剣岳」を想う。(3)

続きです。

脱線しまくりますが、そういう場(ブログ)ですのですみません(´Д`*)

映画の方は、木村監督らしく風景愛に満ちた作品でありましたが、劔岳の厳しい姿が強烈で、低山ハイカー止まりのきっどなど、早々に登る自信が失せてしまうのでした。
過酷な登坂ドラマもさることながら、当時発足したばかりの日本山岳会と初登頂を競うストーリーが平行したり、原作では山岳案内人のおかれた地元での立場など、いろんなジレンマと戦う人々の姿が心に残りました。
最もきっどが胸アツとなったのは、頂上で待つ驚愕の事実。そして、木村監督が描写した明治の測量人の仕事ぶりでした。
やぐらを組んでトランシットを据え付けるところなどは、資格試験の教材の中でしか見たことがありません。もちろん、きっどが業務に従事した時代とは異なりますが、映像の中でちゃんと作業内容が理解できましたので、三角点測量の技法や原理原則などは変わってないんだな。なんて、特別な感慨を得たものでした。
骨太で、美しい、良い映画だったときっどは思いました。

剣岳を擁する富山県は、きっどが惚れた都道府県の中でも、鳥取と、郷里神奈川に次いで好きな県です。
特に、地方移住が市民権を得たころなど、わが鳥取に先んじて「住みやすい・子育てに最適・地震が少ない」 などのPRで、移住推進の旗頭的存在だったように記憶します。
それより遡ること学生時代、サークル活動で知り合った友人が居たこともあり、季節の良いころ幾度か遊びに行きました。
東京から新幹線~雷鳥を乗り継いでも程よい距離で、北陸本線も今ほど混雑していませんでした。いづれかの片道に寝台特急を充てるのも楽しみの一つで、懐かしく思い出されます。
黒部渓谷や雨晴も大変良いのですが、きっどの一番のお気に入りは、初めて友人に連れて行っていただいた呉羽山の展望台です。夕まだきに眺めた、富山市の夜景と立山連峰のパノラマは非常にロマンチックで、このとき初めて友人が異性だったことを意識しました。嫁には内緒ですが。(。>ω<。)ノ

彼女も地元で結婚し、交友はすっかり無くなりましたが、富山の風景には未練たらたらです。
鳥取移住後も幾度か富山スケッチ旅行を決行しましたが、山陰から一番効率の良いはずの車移動でさえ容易なことではありません。
きっどがNo.1の移住先と定めた鳥取を選んだ時点で、この思い出深い北陸の地が遠くなった現実があり、少し寂しい気もします。山陰の風景専門画家であるきっどが、初めて他地方の筆を執ることになったのも、その寂しさを埋める行為であることは否めないのです。

終わります。

最後に、きっど唯一の山陰以外でしたためた風景画を載せさせていただきます。
雨晴海岸での立山連峰の風景画から部分。剣岳です。
雨晴海岸より剣岳

↓「劔岳点の記」の情報は以下でも
日本測量協会HP
↓点の記について
国土地理院HP

出かけられないから、脳内「剣岳」を想う。(2)

続きです。

※正しい作品タイトルにのっとり「劔岳」と記します。

「劔岳」は良くわかるけど、聞きなれない「点の記」、と続くので、登山関係者、並びに測量設計従事者でもないと、その内容を想起しずらい映画タイトルだったかもしれません。

「点の記」とは、ざっくり言うと、国土の測量に使う基準点の「有りかなどの情報」を記した台帳です。
いつだれがその基準点を設置したか。名称や近くの目印からの位置関係。その基準点の国土的な位置情報。などが、一定の様式に則って記載されています。
山の頂上にある頑丈な石柱・三角点などが分かりやすい基準点です。街中ではマンホールの中にあったり、花壇のなかにあったりします。
その場では只の目印ですが、調べると、ちゃんとその情報が、「点の記」として国(又は自治体)によって管理されていて、新しい測量の仕事が始まる際に、データの源(基準)として活用できるようになっています。

「劔岳点の記」という物語は、まさしく劔岳山頂に測量の基準点を作る、明治の測量隊の苦闘を描いたものです。
北アルプスにおいて人跡未踏の(とされる)頂上を極めるだけでなく、標識を設置し、測量作業まで完遂させなければ基準点は作れません。
そして、基準点がなければ、国土空白地帯の正確な地図が作れなかったのです。

実は、きっどは、移住前は測量技師でした。
地図を作る仕事に憧れ、資格を取って一時その仕事に従事していました。
なかでも、箱根山系の基準点測量は、「劔岳」に及ばずとも、想像を絶する苦難の作業でした。
雪こそありませんでしたが、代わりに、手の入っていない森林が相手でした。
毎日が重い荷物の歩荷と数メートル進むのに数時間かかる伐開作業。
それでも、やっと360度の見晴らしにたどり着き、測量機器をその地で初めてのぞき込む達成感は半端ありませんでした。
広大な森林の中に、自分の目玉1つの置き所を作るためだけに払った数カ月の労力。
しかし、ここから長大な林道が敷設される第一歩が始まる。という、深い感慨を味わいました。

ところが、ほどなく業界は電子時代へ移行します。GPS測量が普及し、情報整備で、測量データの使いまわしが簡便になりました。
測量作業に人の目玉は不必要になり、瞬く間にフィールドワークがなくなりました。
毎日が、パソコンでカタカタ数字をいじくるだけで終わり、土地問題でトラブルを起こした地主さんとのディスカッションが、主要な仕事になっていました。
業界の改変はあっという間になされました。

続きます。
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