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南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(2)

続きです。

南総里見八犬伝(以後 八犬伝)は、安房里見初代・義実が、結城の合戦から落ち延びるところから始まります。
(義実の出自については、所説あるようです。が、ここはあくまで物語ですから、それはさておき綴ってゆきます。)
結城の合戦は、上総の結城氏による室町時代の反乱で、現在の茨城県南西部、千葉県境に比較的近い結城城で発生しました。
物語では、落ち延びた義実は三浦の浜へたどり着いたということですから、東京湾西岸の、きっどの郷里付近を通過したことになります。
義実は、そこの沖合で、白竜の出現を見ます。
三浦海岸の沖合に見えるは房総半島(安房の国)。そこに吉兆をみたのでしょう。安房へ渡ることを決意します。

安房では、滝田城主に反逆した「山下定包」を義実が討伐。続いてその妻「玉梓」も斬首されますが、間際に「里見の子孫を畜生道に落とし、煩悩の犬にしてやる」と、呪言を残します。
この怨念が、後に義実の飼い犬「八房」に憑依。やがて「八房」は、燐領館山城主「安西景連」の首を打ち取ります。これは義実の戯言を実行したもので、約束の褒美は、義実の愛娘「伏姫」との結婚でした。「八房」は約束を守れと荒ぶり、姫とともに「富山(とみさん)」へこもってしまいます。
そこで、姫の身を案じた元の許嫁が八房を銃殺。一件落着体とおもいきや、伏姫は、八房に体を許していない身の証に自害。同時に、姫の血は光となり、手にしていた数珠を天高く飛散させます。
これが、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の仁義八行の玉。(ちなみに、残った数珠球はまとめられ、ヒーリングアイテムとして活躍します)かくして、元許嫁の滝田城家臣末裔「金碗大輔」は「﹅大(ちゅだい)法師」と名乗り、八つの玉を探し求める旅に出かけます。その道中、運命のきずなで結ばれた八犬士が集い、大活躍することになるのです。
じゃーん! ♪アイウイォンッドンッ ナイトエンデ~ ドンセイーグッバーイ~♪

はああ。。プロローグをまとめるだけでもこのありさま。

作品は、江戸時代のものですが、時代設定は室町後期、1450年ごろを中心とし、(物語)安房里見氏初代、義実を軸においています。
波乱な戦国時代の中、事実と微妙にリンクさせながら、馬琴はこの壮大なファンタジーを描き切りました。

安房里見氏の迎えた悲劇的終焉が、馬琴の創作意欲を書き立てたとみるむきも多いようですが、前述のように作品の根底には「勧善懲悪」「因果応報」。でして、現在の戦隊ヒーローものにも通じる論法。いや、元祖といっても良いのでしょう。
伏姫がテトムで、八犬士がガオレン。。。あ、いやいや。まあそのような正義(忠義、仁義)の力が、世の暗雲を打ち払うような活躍は、いつの時代も胸のすく思いにさせてくれるのでしょう。

続きます。

参考 
南総里見八犬伝 ウィキペディア
チバテレ 千葉テレビジョンHP 
里見氏 ウィキペディア
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南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(1)

本記事で続きです。

九州大宰府を訪れた際、菅原道真の生涯を彷彿させるような、「戦国大名・安房(房総)里見氏」の終焉が、鳥取で起こったことを思い起こしました。
当時の武士たちが波乱な生涯を送ったことは珍しくありませんが、こと、きっどの郷里関東と、第二の故郷鳥取をつなぐ奇異な縁の一つですから、ここにあらためて綴ることにいたしました。

安房里見氏が、有名な激戦の主役でなかったにも関わらず、なんとなく周知されているのは、おそらく、「南総里見八犬伝」という伝奇物語のモデルになったからだと思います。
この物語の原作は、江戸時代の戯作者「曲亭馬琴」。怪談取集や「うつろ船」の紹介などでも高名な、オカルト界の偉人でもあります。
28年の歳月をかけ完成。全106冊といわれる大長編ですから、きっどごときが気軽に読破できるものではありません。
それでも、道徳的知見や勧善懲悪、怨霊や超能力が登場する大エンタメに違いなく、現在でも様々なコンテンツが作られるなか、きっどは、前述「寿三郎」による人形劇「新八犬伝」や、角川映画の「里見八犬伝」などを視聴しました。

蛇足ですが、角川「里見八犬伝」は、前面に出されたJACのアクション+俳優の多様で、どうしても「宇宙刑事」シリーズを見ているような気がしてなりませんでした。また薬師丸ひろ子の濡れ場が長尺すぎて、家族で見るのはどうかというのもありました。それでも尊敬申し上げる深作欣二監督作品ですので、十分ワクワク楽しみました。ビジンダーとギャバンの共演(!?)にはジャッカー電撃隊以来の狂喜ものでした。

・・・余談はさておき( ‘ω’)

唐突に九州などから話を綴ってしまいましたので、少し、ワードの整理をしておきたいと思います。

「南総」 とは、現在でも千葉県南部地域のことを言います。主に房総半島部分の南半を指します。

「安房」 とは、位置的には「南総」と同意で、律令国の呼び方です。代々ここの外様大名が里見氏でした。

「安房里見氏」は、特に里見義実が入国した安房で拡大した家系です。

「館山」 とは、後述しますが、房総半島南端に位置します。三浦半島を対岸に浦賀水道を形成する拠点かつ要衝です。古くは館山城を要し、現在でもJR内房線、アクアライン、東京湾フェリーなどで東京都からのアクセスも比較的良好。観光、水産などで活発な地方都市です。
ちなみに駅周辺では郷土食「アジのなめろう」を供する店も多く、きっどのひいきの店も何軒かあります。

「ビジンダー」は「人造人間キカイダー01」に登場した味方側アンドロイドで、変身前のマリを演じた、若き「志穂美悦子」が超美人です。
「ギャバン」は宇宙刑事です。

・・・続きます。



南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(プレ記事)

ぶらすたーきっどです。

このブログでは、わが山陰と、きっどの郷里とをつなぐ奇異なご縁をいくつかとりあげてきました。

犬塚物語では権吾呂太夫と坂田金時が。大山レイライン(w)では大山伯耆坊が。船上山を太平記が。。。という具合にです。

先の記事で、三次市「辻村寿三郎人形館」の探訪をつづりましたが、これには間接的な続きがありまして、郷里関東とのご縁の話へとつなぎたいと考えていました。
年明けの節目がつきましたので、このプレ記事を皮切りに、いつものキャンペーン記事でつづってゆきたいと思います。

話は唐突に、昨年昨月中旬に所用で訪れた、福岡県太宰府天満宮から始まります。

太宰府は、平安の貴族 菅原道真公が、朝廷のはかりごとで左遷され、憎しみの中、生涯を終えた地と言われます。
怨霊を鎮めるため天満宮が創始されました。
福岡市街からは多少不便な場所なのですが、駅前参道から大層賑わっています。
怨霊が転じて守り神になったのですから、尋常じゃないパワーを感じるのでしょう。
名物梅ヶ枝餅を食べ歩きしながらふと思いました。
そういえば、鳥取にも、関東から転封を命じられやってきて、無念にも家系を絶った殿様が居たな。。。
安房の里見氏だ。。。ただ、県内では扱いがあまりに静かで、ついつい意識下に残りません。

そうだ。。。
寿三郎人形館で八犬伝を懐かしんだ記憶がよみがえりました。
「里見。あぁ。。。南総里見八犬伝か!?」
きっどとのご縁ネットが光った瞬間でした。

本記事に続きます。

牛窓にホキ現る!(4)

続きです。

ホキ収蔵作品は総じて大作ですので、総展示数にやや少なさを感じましたが、地域のテナント美術館とは思えないデラックスな展示空間だと思いました。
野田弘志先生の「聖なるもの」を再見できたのは大変うれしく、また、生島浩先生の女性像は、何度見ても心が潤います。

さて、言い方にどうしても語弊がでますが、絵描きのきっどとして超写実絵画は、何ら参考になるものではありません。
そもそも「超絶」しているのですから、きっどのような3流がなにかできるものでもありません。できるとしたら、その絵の像が現実に存在してるものとして再認識するくらいでしょうか。
そうなんです。。巨匠の絵は、絵ではなく、すでに存在してしまっているとしか思えない時があります。。。
美術センス。。。とか、対象のバックボーン。。。とか、あらゆる人的ノイズを排して、存在のリアルに迫るのが超写実リアリズム(野田弘志先生の著作などから)と解していますので、それの究極例が、存在を再構築してしまったこのような作品。。。ということだと思います。
それでは、何を味わいにゆくのか。。。
例えるのは難しいですが、宝石や、伝統工芸品にあるような至宝の持つオーラを浴びてうっとりしたいから。に近いと思います。
「(野田弘志先生曰く)存在そのものが奇跡」 だからこそ、そこから何か味わいたいなんて、人間は本当にすばらしい。。。

そして、うっとりしたきっどがいつも胸に誓うのが、「リアリズムなど求道してはいけない。山陰の魅力を伝えるのが自分の果たすべき画道であり、そのためにかけるバイアスパワーを、もっと磨かなければ。。。」ということです。
なんか反しますが、自分が美しいと思うものに正直であれ、という気持ちに、すべてを注ぎたいと確認できるのです。

さあ、大変満足いたしました。
ブルーラインに乗って、所用を果たしにゆきます。

オカルト好きにとって見逃せないスポットもあったのですが
グリーンファーム

それらを含めて牛窓観光は、次の機会となりましょう。

終わります。

瀬戸内市立美術館からの眺め
美術館からの眺め

追伸。強風で愛車のルーフキャリアのすべり止めが ほげた。。。

↓美術館の案内はこちらでも
瀬戸内市立美術館の案内 :瀬戸内市HP

牛窓にホキ現る!(3)

続きです。

「おまたせしました。」カキフライがやってきました。
。。。なんだこれ!でかい!
4本指を握ったくらいのサイズがあります。これが4つ。衣を割ってみると、なるほど、2~3粒のカキを抱き合わせています。家でもやる手ですが、なかなか大変な料理です。これにソースではなく、フレンチ系ドレッシングでいただきます。
すみませんが、きっどはメニュー写真を撮りません。断るのがめんどいのと、速攻、激アツをやけどしながら食べるのが趣味(自宅では、天ぷら鍋から直接食べることが出来ます。)なので、ご容赦ください。
ザックザックとこころゆくまでいただきました。豪快さとボリュームでかっ飛ばす主義のお店のようです。

おっつけ、次の2人のお客が来店しました。ライトな常連さんにみうけましたが、その会話を耳にし、きっどは軽いカルチャーショックを受けてしまいました。
お二人は、お見受けするに漁業従事者のてい。刺繍のキャップにウインドブレーカーがかっこいい70前後の男性です。
「おれは、ああいう写真のような絵ってのはどうもな。写真ではいけんいう意味がわからん。」
「そうじゃろうが、とことん描いてみて、その向こう側が見たいいうことじゃろ。そう書いてあったわ。」
「たしかに、絵の中のものがさわれそうだったな。」
「絵の奥(向こう側)じゃなくて、作者のこころのことじゃろ。。。(、続く」※独自おこし
なんと、どうやら、ホキ展のレビューのようです!たどたどしい感じですが、たしかにアート談義なのです。
人は見かけで判断してはいけませんが、それによらないとはこのことです(;゜0゜)

だがまてよ、ここは瀬戸内。ひょっとしたら「瀬戸内国際芸術祭」で、普段アートに親しんでいるのでは。。。?
まあ、本当のところはわかりませんが、地域の方も参加する一大イベントですので、操船される方などは活躍するかもしれません。
きっどは、米子のイベントといつもかぶるので今だ未参加なれど、その様子は近親者からも伺います。
米子市民も、もう少し巻き込まれてくれると未来が違って見えるのに。と、いつも思います。。

そんなこんなで、食堂を後にしたきっどは、美術館に向いました。食堂での談義から、本日開館は確定です。
建物は牛窓支所、図書館、公民館との合同庁舎。なのに敷地内のパーキングは手狭でした。
4階が美術館で、エレベータで直行し受付となりました。
チラシが欲しかったのですが画集の購入が必要で、何冊も持っているきっどはすんなり諦めました。

さあ、相変わらずの不親切レビュー、及び、きっどマインドを綴らせていただきます。
ご安心下さい。続きます。

ミニ写真です。
牛窓つれづれ
左 この周囲で貴重な洋食やさん  中 瀬戸内市立美術館  右 EV内、企画展の案内

牛窓にホキ現る!(2)

続きです。

中国道から部分開通の「美作岡山道」を乗り継ぎ、吉井川沿いに南下します。
お世辞にも、変化の富んだドライブ向きの道ではなく、延々続く同じような道に自信を失い、ナビに切り替えて右へ左へと車を進めます。
走って思いますが、山陽道から瀬戸内海まで、ずいぶんと距離があるものです。県外者のきっどは、両者が接しているイメージが未だにあります。(瀬戸内市が想像以上、南に大きいこともありますね)
途中、岡山ブルーラインという専用道の存在を知り、岡山市街へはこれで急行できるとわかりました。

ほんとにエーゲ海があるの!?
。。。。と疑問を呈し始めた矢先、道路沿いに「牛窓ウエルカム」的看板が!
やった!着いた!
坂を下ると、海が!
~~~~ドーン!
愛車ジムニーがゆさゆさ身もだえします。南の烈風がモロに吹き上げてきます。

3年前の悪夢が蘇ります。 大阪に兵馬俑展を見に行った際、おっつけ台風が直撃。
せっかく訪れた美術館が緊急閉鎖になったことを。。。
(雨男実証記事。 「藤田嗣治に会いに行き、台風に歓迎される。」参照)
確認怠った。。。もう仕方ありません。
天気はというと、黒雲の間から陽光が見えています。きっと開館してるでしょう。

昼メシが先でした。とりあえず美術館らしき建物をパスし、飯屋を探します。
「カキだ!カキ!カキフリャーだ!」
・・・ありません。
お店自体少ないようです。まったく土地勘がないので、マリーナが見えた所でコンビニに車を停めました。最悪のランチか。。。
見ると、土産センターのようなものが。
察するに、テナントは瀬戸内の小魚系の食堂。 が、晩飯をそれにセッティングしているので、今は避けたいところ。やはり最悪の。。。

と思いきや、通り向かいに洋食屋の看板が!カレー? それもいいネ!早速入ろう!
爆風荒れ狂う中、車を降り、よたよたと店に入りました。
堅牢な木材の調度で、少々懐かしい感じの店内。昔の飲んだくれの船乗りが居そうな雰囲気。嫌いではありません。
「カキフリャーがある!」 季節メニューでしょう。見るなり注文しました。

窓の外、チラリ見た海の向こうには、島がいくつか見えていました。西側の丘陵部には、白亜の建物の点在が見えていて、たしかにアマルフィのような地中海的景観がありそうです。ああ、愉しそう。。。
ですが、時間的制約もあるし、この嵐の中とても周る気が起きませんでした。

続きます。

牛窓にホキ現る!(1)

ぶらすたーきっどです。
例年のごとくお正月休みがないので、お正月気分というのはここ10数年味わったことがないのですが、今年の山陰の年越しは不気味なほど暖かく、「春休み」を思わせる変な気分で過ごしました。

そんななか、所用で岡山に出かけました。
まるで春一番のような強烈な南風が吹き荒れる中、出立となりました。時短のため、ただでさえ走りたくない米子道を、ハンドルを取られながら走行します。
例年ですと、チェーン規制があったり、岡山県境辺り雪で真っ白なのですが、今年は枯れ色の中国山地。スキー場なども雪がまったくありませんでした。

さて、所用は二の次。
目指すは、岡山県瀬戸内市牛窓町「瀬戸内市立美術館」です。
絵画展「驚愕の超写実展」の開催をたまたま知りましたので、見に行くことにしました。
時間があれば、総社の「よこた手打ちうどん」に絶対寄りたいのですが、今日ばかりは涙を飲みます。

この展示は、ホキ美術館所蔵品中心となり、リアリズム絵画の大作をまとめて見ることができる、中国地方では貴重な展示会となります。
以前のブログ記事でも書きましたが、広島では、故 磯江毅、野田弘志たち巨匠や、山本大也、大路誠、(敬省略です)たちによる若手リアリズム作家のゆかりも強いところなのに、中国地方ではなかなかリアリズム絵画展がありません。見れるタイミングもありますから、ほんとうに貴重なチャンスとなりました。
そして、その貴重なひとときに水を差す「嵐」。
思えば、きっどの遠征は、かならずといっていいほど天候トラブルに見舞われます。
雨男の域ではありません。そのうち、ブログ日記が実証してくれるでしょう。

さて、牛窓という地区。きっどははじめての訪問となります。
日本のエーゲ海!白亜のペンション!オリーブ園!そして瀬戸内の牡蠣!
どれも、そそるじゃありませんか!

この嵐さえなければ。。。。

続きます。

謹賀新年。 牛窓にホキ現る!(プレ記事)

あけまして、おめでとうございます!

5日には、すでに新作絵画を1点送り出しました。
バタバタの新年。年賀状も2日に投函する体たらくでした。

近年、サービス業の年始営業は控えられつつありますが、きっどの勤める会社はまったくおかまい無し。
今年も、二足わらじがボッロボロになるまで走り続けることになるのでしょう。
こころして頑張りたいと思います。

さて、いまだバタバタが続く松の明け、所用で岡山に向うことが決まりました。

例によって、あちらでの空き時間で何か観れないか検索しますと。。。
あった!あった!
岡山中心部からは外れてしまいますが、牛窓のほうで「驚愕の超写実展」という絵画展が昨年から開催中とのこと!
これはラッキー! しかもホキ美術館所蔵品の展示とあります。
絶対見に行こう!

ホキ美術館は、きっど移住後ほどなく千葉県に完成し、細密画を志す者としては、いの一番で上京し見に行きました。
広島県においても若手リアリズム作家が台風となり始める頃でもあり、広島とホキは、画家の卵であったきっどにとって「梁山泊」だったのです。

ホキも、昨年の台風で被害にあったと聞きます。
見に行くことで、少しは援助になればいいな。
レビュー記事になるかどうかは未定ですが、もはや所用はそっちのけで見るしか(・・・はやっぱだめだよな)ありません。

そんなこんなで今年も始まりました。
辺境のブログではありますが、少しづつ綴ってまいります。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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こんなブログですが、良いご縁がありますように。

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