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きっど、地元に内緒で宍粟市に惚れる。(3)

続きます。

まだ、散策エリアも中盤でしょうが、創作意欲がMAXになりましたので、パーキング状に作られた待避所に車を停めて歩きます。
川べりまで下りられる場所を探してスケッチをとります。鳥取ではあまり見られない青く光り輝く渓谷を堪能します。
花崗岩質からなる河床でしょうか、濡れても白さが映えていて、水量の豊かな淵などは、水面がエメラルド色をしています。
また、すばらしい場所を見つけてしまった。。。
アトリエでは、タブロー(本制作)を控えた風景作品が山積みになっているというのに。
ほんの3~400mの間にいくつもスケッチポイントを作ってしまい、気づけば太陽が射光でした。
「いけねえ、米子に帰れなくなる。」
あわてて国道まで戻り南下。宍粟市街はスルーし中国道で帰路に着きました。
ロケハン旅行でしたが、気持ちはすでに固まりました。これが来春の東京展にぶち込む風景となりそうです。

赤西という美景をみつけた喜びを吹聴しておりますと、米子から宍粟へ転勤した若者がいると教えてくれる方がおりました。(事情で、素性等は記載を控えます。)
画家が赤西を描いたという情報を(まだなんだけど。。。)提供してくださり、宍粟の若者のほうから連絡をいただきました。
「秋の宍粟市美術展で、ぜひ出品してください。」とのことで、出品書類も送られてきました。
市美術展は原則、市民ならびに市内勤務者に出品資格があります。ところが、近年美術人口の減少から参加人数が伸び悩み、米子などでも、意欲次第で地域を越え、出品できるよう変わってきました。
赤西の絵は間に合わないが、大山の絵なら出せるかも!

ですが、このとき一抹の戸惑いがありました。
なんたって、きっど自身、肝心の米子市美術展に出品していないじゃん。。。。( ̄д ̄;)

ミニ写真で本日終わります。
赤西渓谷第一次取材

続きます。
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きっど、地元に内緒で宍粟市に惚れる。(2)

続きです。

道の駅の名は「はが」。国道沿いに細長く駐車場が造ってあり、立ち寄りやすい(^-^)。併設の食堂「楓の里」で、豊かな山の景色と共に、献立の主力を眺めてみました。
おお!自然薯と宍粟牛かあぁ!
ここはヘルシーに自然薯そばのセットを頂きます。
やまいもとろろは、鳥取産「ねばりっこ」などで、きっどもなじみの山の幸ですが、ここのとろろはそばに良く合う!主張は抑え目なぶん、そばが芳醇に~!すこし取り残しておいて、専用たれでも味わいました。おいしかった~。

ふと、カウンターを見上げますと、写真家による地域の名景が飾ってあります。
このチェックはロケハンでは欠かせません。ネットによる画像検索で十分じゃないか。という考えもありますが、あくまであれは他人のアルバム。ここのは作品。伝わる熱量が違いますし、地元ガイドがすぐそばにいるという利点は大きいのです。
そのうちの一枚の写真に目を奪われました。どこかの深い渓谷の朝まだきのようです。
「すみません。ここはどこの景色?」お店の厨房に声をかけました。
「ああ、ここは赤西(あかさいけいこく)ですよ。」
「すばらしい場所ですね!近いですか?」
「入り口はすぐそこですよ。」
実は、きっどはその案内を見過ごしていました。これはあとになって判るのですが、鳥取方面から来ると、この赤西や音水(渓谷)などの案内板が不明瞭なのです。特に音水は北上車線のみ案内板があります。いかにナビがあるとはいえ、鳥取県からの観光人口に、期待が薄いかを想像させます。

話がそれますが、鳥取県が推進するインバウンド誘致の事業とともに、米子市でもサイクリングロードなどの整備が進んでおり、ゆくゆくは県外にネットワークを展開したいはずです。
「ナショナルサイクルルート」とまで行くか判りませんが、トレッカーやサイクリストにいたるまで鳥取をアピールしたい場合、この宍粟市(山陽側)からのアプローチは俄然有力株になるはずですから、ここでの交流が薄いイメージがあることはよろしくないような気がします。
「来て欲しい!」気持ちがあるなら、こちらからも「出かけて」ゆかなければ、壁を穿つのは難しいと思うのです。

まあ、それは後になってからの気持ち。
早速お店の人に行き方を聞き、車を出します。地元ガイドに尋ねる最大のメリットは、自分の場合、目的に応じてどのくらいの時間で巡れるか具体的に聞けることです。
ほんの少しだけ道を戻りますと、引原川をまたぐ橋が集落の入り口になっており、そこに「赤西渓谷」の案内が。
橋を渡り、すぐ渓流沿いの細い道へと舵を切ります。
森林遊歩道も兼ねるらしく。慎重に。

やがて、水量も豊富で、岩々の表情が美しい渓谷に入りました。
「これはすばらしい!」
車窓から、ちらりとターコイズ。いや!エメラルドブルーの輝きが目に留まりました。

続きます。


きっど、地元に内緒で宍粟市に惚れる。(1)

タイトルの「宍粟市」は、兵庫県中西部に位置します。
鳥取県の若桜町と接し、氷ノ山の麓あたりで国道29号線が県境を貫いています。
宍粟市は、市町村合併で広大な面積となり、兵庫県第二位の広さ。雄大な自然と、機能的な市街地、交通の要衝を有します。

きっどは、この「宍粟市」に、初めは特別な感情をもって訪れたわけではありませんでした。

山陰の風景を専門に描く作家であるきっどは、今年の夏、鳥取県国道29号沿いを南下しながら、題材の取材旅行に出かけました。
若桜町から戸倉峠を越えたら、いつの間にか宍粟市に入っていた。というものです。
それが、今年の秋には「宍粟市美術展」に、絵画を出品していようとは。。。
そして、大きい賞を拝受してしまうとは。。。

さすが、ご縁の地、山陰。

今回はこの顛末に触れながら、宍粟市の魅力も記したいと思います。

今年の7月、鳥取県東部、国道29号線を南下しながら、美景をいくつか取材していました。
キャンバスは広げない、所謂ロケハンで、あくまで次回作の候補地を絞り込む行程。渓谷などを次々巡っていました。
鳥取県も、まあ、わかりきったことではありますが、一生かけても描ききれない美景が眠っているものです。

氷ノ山の麓までやってきたとき、兵庫県境となる戸倉峠まであがってみることにしました。
街道の脇に綺麗な渓流があり、これをたどっても面白そうです。
また、さらに南下すれば、中国道山崎ICがあって、米子への帰路も楽そうでした。

峠は楽に越えてしまいました。前記事の国道182号も山地越えは楽ですが、ここもまた楽に山陽方面に出られると知り、旧街道への好奇心がむっくり顔をもたげます。
そうこうしているうち、前方にエメラルド色の広大な湖面が見えてきました。「音水湖」です。なんとすがすがしい湖面。車を進めると引原ダムを境に急峻な渓谷へと変貌してゆきます。
昼をとっくに過ぎ、お腹が減りましたので、ひとまず観光はお預け。食事ができるところを探します。

ほどなく、ほんとうに丁度良いタイミングで「道の駅」登場です。こういう丁度良さを味わえる街道は、えてして何度も通いたくなるものです。
観光地の質の良さや、現地の人々(計画に関わった方々)の気配りなど、いままで培った目に見えない良質の空気が、この絶妙さを生み出していると思っています。付け焼刃的な観光地や、思惑優先のドライブインなどが散見する街道は、どうもこの絶妙さにかけていると思うのです。
この時点で、すでにきっどは宍粟市が好きになっていました。全然知らなかったお隣はどんなところでしょうか?

続きます。

ルート182・ヒストリック街道(怪奇編3)

続きです。

とるもとりあえず、福山方面に車を向けました。福山市内なら、お清めできる大きな神社が必ずあるでしょう。
それよりまずこの高原地帯を脱出するのが先決でした。下山途中に体調が戻るかもしれない。という本能的な行動がそれでした。
ただ、なお体調が悪化した場合どうしよう。。。。

道は、高原から福山市街へ向う、長い長い下り坂へ入りました。
途中、神社ののぼりや鳥居を見かけますが、下り坂走行のため急には寄れず、これも神様の啓示と捉え、とにかく一目散に街へ街へと走行を続けました。

背筋の冷たさや、フルフルする感じは続いていましたが、悪化の様子はありませんでした。
額から滴ってくる汗は冷たいものでした。

下山から、初めての信号が現れました。この信号こそ、山を下り切り、ここから福山市郊外、の目印です。
と、その手前のとある小さな案内板が見えるや否や、なぜか直感的に交差点で舵を切っていました。
それは、神社の案内板でしたが、むかうは市街と反対方向の集落。
きっと「ここに行け!」という啓示を感じたのかもしれません。
市街からは遠ざかりましたが、程なく立派な神社が現れました!
「加茂神社」!
米子でも町の総鎮守ならびに米子城山をご神体とするは「加茂さま」です。 ああ、ありがたや!
背筋の寒気が、「チリチリ」に変わった気がしました。
車を降り、狛犬が水を出す珍しい手水で念入りに手を洗いました。
向拝で手を合わせます。
「これこれこういうことがあり、それから調子がすぐれません!助けてください!助けてください!」
劇的にスーッと気分がよくなった訳ではありませんでしたが、安心感が体に満ち、それだけでも暖かい空気を感じます。
しばらく境内でぶらぶらしているうち、体がしゃんとしてきました。助かったようです!!

その晩、なじみの飲み屋で、ママに思い切りこの話をぶちまけて、すべて店に置いてきてやりました(´∀`*;)ゞ
ママさんもその辺分かってくれて、苦笑いでお酌してくれました。きっどが帰るなり、塩をしていたかもしれませんね。

後日、その手の話の明るい方に聞きますと、山の社の神様が、別の神社に、ダメージの緊急報告をするよう託された可能性があるかな?と言われました。
まあ、そういこともあるかも。。。だけど、あまり受けたくない遣いだな。と思いました。

長くなりました。終わります。

ルート182・ヒストリック街道(怪奇編2)

続きです。

実は、前述「犬塚大明神」と同じ集落内に「大仙神社」が所在しています。
「大仙神社」は、その語感のごとく「伯耆大山」の信仰に密接といわれ、ここでもお地蔵様が祭られています。
東城~神石高原エリアでは「大仙神社」と称される社がいくつか存在しており、大山信仰が息づいている証しとして触れました。
時間をみて訪れようと試みてはいますが、アプローチが判りづらかったり、想像より質素だったりと、なかなかスムーズではありません。

そんななか、勘違いで探訪した丘陵地で、偶然発見した質素な社に立ち寄りました。
境内を一周した際、少々、心安らかでない光景がありました。
きっどがこの神石高原を訪れる前日。初夏の嵐が中国山地で暴れました。
幸い、街道の通行に障害はありませんでしたが、この社は被害をこうむったようです。
境内や社の屋根に、折れた枝などが散乱。丘の頂部にある境内では洪水の跡があり、地山を固めた昇り階段を壊し、参道両脇の小さい石仏まで倒しながら流れ落ちたようです。
丘の一段下には集落があり、氏子衆もここにおられると思うのですが、この被害に気づいていないのか、はたまた手が出せないのか、補修の手が入っていません。

よく、見捨てられたような社もありますが、そのような雰囲気もなし。きっと、昨日の今日で、管理の眼が回ってこないのでしょう。お参りもそこそこ、靴をドロドロにしながら車まで戻りました。

そのときです。背筋がゾワッと震えるのが分かりました。

あれ!?陽気はもう夏日です。なのに冷たい震えが背筋に残り続けます。
ゾワゾワ。。。。ゾワゾワ。。。。背筋がフルフルッと震えてしまいます。
やばい!なにか入ったのかもしれない!!
頭が半パニックになります。捨てられた社に拝んじゃいけないとか、いろいろ慎重に行動してきたつもりでしたが、なんなんでしょう!?
きっどは、甘いものが不足すると指先がフルフルし、擬似餓鬼つきのような状態になりますので、とりあえず車にあった甘いコーヒーをガブ飲みしました。。が収まりません。
いよいよ やばい。。。
そうだ!別の神社におすがりするしかない!緊急参拝しよう!!

以降の予定をすべて放り投げ、福山方面に向って車を発進させました!

続きます。

ルート182・ヒストリック街道(怪奇編1)

カテを変えて続きます。

初回記事でも述べましたが、やや怪奇な記事へと突入いたします。
といっても、今回は郷土民話の記事、そして、きっどの体験へと続いて、この記事の締めくくりといたします。

前回
5・道の駅の周辺
という小見出しで終わりましたので続きから。

道の駅「さんわ182ステーション」から、福山方面に2~3km。小さい交差点に、「犬塚大明神」の矢印板が設置されています。
この案内に従うと、国道沿いにあっても、一段高い場所にある集落の生活道に入ってゆきます。
ほどなく行くと、民家の間に石碑と鳥居が設置された空間があり、ここに「犬塚大明神」と記されています。

さて、この縁起となる「犬塚物語」という伝承は、怖ろしくも勇壮でドラマチック。山陰や、故郷神奈川とのえにしもあり、大変好きな物語です。
教科書としてリンクを貼りまして、きっどなりのざっくりしたストーリーを記します。

「犬塚物語」 びんごe商店街(現在休止中)

~昔、本流寺という廃寺に住み着いた化け物は、村の若い娘を人身御供に差し出さないと、たいそう暴れて悪さをした。
以前この寺に住み、修行の旅から戻った頼光四天王の一人、「坂田金時」は堂ヶ丸の御堂で化け物を目撃。正体は大古狸であった。大古狸は、「出雲の国の権吾呂太夫に知られんように、踊れ、踊れ、えっさっさあ」と歌っていた。
金時からこの話を聞いた庄屋達は、生き神・権吾呂太夫にすがる為出雲を訪れる。
しかし、権吾呂太夫は不在であり、坂瀬川の人々は落胆した。気の毒に思った側近が、権吾呂太夫の愛犬「権の守」を遣わした。
「権の守」を連れ、坂瀬川に帰った村人達と、化け狸の壮絶な戦いが始まった。
化け狸は暴れ、逃げ回った。「権の守」も傷だらけになりながら死闘を繰り広げた。そしてとうとう化け狸を噛み殺し、村人達が勝利した。
深手を負った「権の守」もやがて息絶えた。彼の死を悼んだ村人は、「犬塚大明神」を建立。後世まで祀ることを誓った。~

いかがでしょう?今も伝わる地名などをはしょってしまいましたが、この坂瀬川全域で繰り広げられた死闘、そして「猿神退治・早太郎伝説」を彷彿させつつも、犬と人の共闘で化け物を退治するプロットは、本当に胸が熱くなります。
また、神奈川出身の「坂田金時」(足柄山の金太郎)や、「出雲の生き神様」が登場し、きっどの両故郷とのえにしも感じます。
こんなすばらしい伝承を知ったのも、この国道に肩入れを続けていたおかげかもしれません。
知るごとに味わい深い国道182号は、やはり並大抵の国道ではありませんでした。

そして、、、その並大抵のなさゆえ、なにかきっどにあやしげな気配が忍び寄ろうとしていました。。。

5・道の駅の周辺
次回も続きます。。。

追記 「犬塚大明神」は、実にコンパクトな造りで駐車場がありません。車での来訪は、そこが集落の生活道路であることを念頭にご配慮くださいますよう、お願いいたします。
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