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ルート182、牛さんが紡いだヒストリック街道(4)

続きです。

回も押してきましたので、今回の記事では国道182号に的を絞って、きっどがおすすめするドライブ中の楽しみや徒然を記したいと思います。

1・中国道東城IC周辺
庄原市東城町の交通の要衝。道の駅「遊YOUさろん東城」では、名産「比婆牛」を使ったメニューがお楽しみ。東城の街中では、秋に行なわれる「お通り祭り」が絢爛で有名です。きっどはタイミングがいつも会わず、今だ未参加なのがくやしい!
また、前述「塩原供養田植」や、多飯ヶ辻山「大仙神社」といった、大山のご縁にも触れられます。
多飯ヶ山の「多飯」は、山の形、または、供養田植えのお米による神事が由来とも聞きますが、詳しくは調べていません。機会があればぜひ知りたいと思います。

2・「天空の里 小野」
国道沿いの小さい案内板から誘われて車を走らせると、成羽川を渡り、すぐ山の上へと向う道にいざなわれます。失礼な言い方をすると、まるで林道のような険しい道を走り、本当にこの上に町があるのかと不安になりますが、やがて開けた尾根へ続き、上品な集落の真ん中に出ます。 ここが、小野地区で、とてもすがすがしい高原の町です。 山並がパノラマで望めるフルーツ観光農園があったり、追畑城址へのアプローチもココからです。車だとあっというまに通り過ぎてしまいますが、いつかのんびり過ごしたいです。
182号へ戻ると、まるで「マヨヒガ」へ寄った気分になる素敵な場所です。

3・油木周辺
神石高原町内での中央市街地にあたり、お買い物に寄ります。JAの百彩館では美味しいフルーツが安いです。地産の「ブラックビート」というブドウがむちゃくちゃ美味くて、買えるシーズンを楽しみにしています。近くでは「神石高原牛」が精肉店で手に入ります!

4・道の駅「さんわ182ステーション」
いよいよ神石高原も終わり、福山へ下ってゆこうというところです。 道の駅の地産品売り場では、神石高原の美味いもの目白押しです。まず、神石高原の「こんにゃく」は絶品で、かならずGETします。シーズンは、名産のブドウ「ピオーネ」が並ぶのですが、きっどはたまたま「藤稔」を見かけた際GET。これも大変美味しかったのでまた食べたいです。それから、見事な「比婆栗」が安く、なんと剥き実でたっぷり手に入ります。また、別棟の休憩所で牛肉コロッケを楽しんだりして、爆買して終わります。

5・道の駅周辺
~いよいよ次回は、この道の駅近くにある、山陰とのえにしも深い「犬塚大明神」を記します。

続きます。

補足リンク

「備後東城 お通り」 オフィシャルサイト

「天空の里 小野」 小野自治振興会HP
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ルート182、牛さんが紡いだヒストリック街道(3)

続きです。

今回はミニ写真をメインに綴ります。
国道180~182号の徒然を記しております。

まずは、古くは中世ごろから始まり、江戸~明治にかけて最盛であった、農耕牛馬の供養や安全祈願のための「大山詣で」ならびに「大山牛馬市」の歴史について、前回から記しはじめています。
「大山詣で」の街道の一つであろう国道180~182号は、きっどが普段から利用していることもあり、(少しではありますが、)時間の許す範囲で、郷土を知る手がかりをみてまわりました。
そのなかでも、道ばたの石碑やお地蔵様は、往時を思わせる興味深いものばかりです。
道路工事に伴う移設も当然あったでしょうが、今でもそこで往来を見守っておられます。

国道182号馬頭観音1

国道182号馬頭観音2

国道182号馬頭観音3

国道182号馬頭観音4

↑182号沿いのお地蔵様をメインに、その一部を載せました。お地蔵様は、亡くなった牛馬を弔うため置かれたものもあるはずですが、街道沿いの牛馬たちの賑わい、息遣いを感じます。牛馬のレリーフ(各写真右コマ)がどれも個性的で、道案内や安全祈願が彫られたものもあります。

道の駅さんわ182ステーション家畜供養塔

↑前出、道の駅さんわ182ステーションの一角にある、家畜供養塔。牛馬市や大山詣でと直接の関連は語られませんが、牛馬の遺体を多く観察、研究に役立てた獣医師達の慰霊の思いから建立されたそうです。神石高原にも「川東牛馬供養田植、別名大仙供養田植」の伝統があり、ここにも農耕牛馬を愛するが故の大山信仰があったと確認できます。

塩原の大山供養田植

↑東城塩原の大山供養田植が、鳥取県博で紹介されたときのもの。貴重な動画も上映されており、それを撮影しました。

さて、すぐ揃う写真などはこれくらいですが、これからもいろいろ見てゆきたいです。
牛さんが山陽と山陰の歴史をつないでいるなんて、非常に興味深いことだと思います。おいしい牛肉の成り立ちにも深く関わっているとなると益々ほおって置けませんネw。

続きます。

~補足リンク~

道の駅「さんわ182ステーション」ウィキペディア

「川東牛馬供養田植」神石高原町観光協会

ルート182、牛さんが紡いだヒストリック街道(2)

続きです。

さて、伯耆大山はいいとして、突然、牛やら牛馬市やらと切り込むのは、自分でも無茶に思います。
ここは備忘録も兼ねますので、農耕牛馬と、その信仰を集めた伯耆大山の関係からまとめたいと思います。

きっどは、絵画モチーフとして、中国地方で盛んであった「大山詣で」などを手がけた経緯から、拙なさを承知でいつか「大山牛馬信仰」をまとめてやろうと目論んでおりました。
が、おりしも「平成28年度日本遺産認定」、「平成30年大山開山1300年際」などで、「大山牛馬市」がひとつのストーリーとして、関係自治体によってまとめられ、やや偏ったストーリーながらも主題を明確に打ち出したものが編纂されました。
なので、これをまず教科書としてリンクいたしまして、これ以降きっど目線のブログを進めたいと思います。

↓「地蔵信仰が育んだ日本最大の牛馬市」
日本遺産ポータルサイト

平安期に大山寺が開山し、生類すべてにご利益のあるお地蔵様が祀られ、中国地方各地では、農耕牛馬にご利益を願う人々が(東城のように)お祭りを行ったり、牛馬を伴い大山寺詣でをしました。人や牛馬が集まりだした大山寺の門前は、中世ころには牛馬を取引する「市場」となります。質のよい大山の牛にも注目が集まり、江戸から明治にかけて最盛期となりましたが、現在は大山寺門前駐車場となりました。いまでもここは「博労座」という地名が付いています。

きっどが、その快適さゆえ中国地方縦走に利用する国道180、182号は、この大山牛馬信仰に用いられた街道の一つとほぼリンクするのは間違いないように思います。
発掘調査や文献精査などがないようですし、道の架け替えもあるでしょうから、「ほぼリンク」、として明言を避けることになってしまいます。が、
山陽方面からの峠越えアクセスが比較的楽であること。
前出の、おいしい牛肉の特産地を結ぶこと。
また、小さいながらも街道筋には「大仙神社」なるものが存在していること。
そして両国道路肩には、実際お地蔵様や石碑が点在していること。
などから、中世ごろからはじまったであろう大山詣での主要街道と呼ぶにふさわしいと思うのです。

これを、点として明確に現しているものの一つが、国道182号、神石高原からそろそろ福山市に向って高度が下がるのかな。と言うあたりに現れる道の駅、「さんわ182ステーション」の駐車所の一角にある石碑。
それから、前出「大山供養田植」を受け継ぐ東城町塩原の存在。と、ここをふもとにひかえる「多飯ヶ辻山」の「大仙神社」の由来ではないでしょうか。

ぐわぁ、やっぱり長くなってきた。。。がんばって短くしてゆこうと思います(;д;)
続きます。

ルート182、牛さんが紡いだヒストリック街道(1)

こんばんは。ぶらすたーきっどです。
郷土の記事からしばし離れていましたので、今回からまた地元のご紹介と、終盤では怪奇カテも交えながら記したいと思います。

小用で、年に何度か、広島県福山市を訪れます。なじみの店が出来るくらい訪れ続けているのは以前も記した通りなのですが、下道を使った縦断ドライブで、片道3時間。たっぷり休憩を取っても、4時間で到着しますので、仕事前後の鼻歌ドライブがなんとも心地良いひと時となります。
縦断に使用するのは、国道180号と182号。
米子から岡山県新見市街を経て、広島県東城市、同県神石高原、福山へと至ります。
ちなみに、せっかくのドライブですので、カーレース場のような米子道or尾松線は決して使いません。
なんたって、この2国道は、比較的走破が楽なことだけでなく、色々な楽しみがあり、伯耆と山陽を繋ぐ歴史ロマンに彩られているからです。

移住後初めて福山へ訪れた際は、米子道を使いました。1車線部分も多く、被脅迫運転は常とう。120㎞で走ってもあおられるほどでした。(やむなく使うときもありますが、種々のあおり運転騒動後も、今だ全面的には解消されていません。。。)
いい加減、米子道は避けたい思いから国道180号~182号を試走。目的地へのドアtoドアなら到着は30分も違わないことが分かりました。
走ってみると、鳥取県明地峠越えの2~30分と、福山市街から神石高原の間2~30分のみ登坂ストレスとなるだけで、あとはいたって穏やかな道のり。険しい中国山地超えもこれくらいで走破できればありがたいものです。

さて、このようないきさつで多用することになった国道180と182号。慣れて時短も叶い、余裕が出来たころふと、広島県東城市の「塩原の大山供養田植」という民族文化財の存在を知ります。
中世頃から行なわれている古い祭りで、農耕牛馬の供養・安全を鳥取県「伯耆大山」の神に祈願します。
そういえば、この東城を中間あたりとする国道180と182沿いには、それぞれ岡山県「千屋牛」、広島県「神石牛」の名産が控え、伯耆「大山牛」、そして、大山中腹の「牛馬市」の歴史と1本に繋がるな。ということに気づいたのでした。
へえぇ。色々つついてみれば、ドライブがより面白そうだゾ!

だだでさえ忙しくて、興味にそそられてもすぐ中途で投げ出すきっどではありますが、今後も多用するであろうこの道のことをよく知ることもまんざらではありません。
というわけで、何回かに分けて、この2国道からなる街道筋の魅力をつづりたいと思います。

続きます。

↓「塩原の大山供養田植」 の概要はこちらからも。
塩原の大山供養田植;文化財オンライン

追伸
前記事の、~湯島天神の団子屋~のくだりについて、あらためて確認しましたら、湯島天神・男坂の「まんじゅうのうまい茶屋」とのことでした。
だれも読むことのないブログではありますが、訂正したいと思います。

東京きっど・ DOLL、建築、中央アートに酔う。(4)

続きです。

えらそうな事を徒然記してしまいましたが、何はともあれ先生のお仕事は一流かつ巨大。
共同住宅、教会、ショッピングモール。etc, etc
「この箱、なんか好きだな。」みたいな超ド素人の感想しか述べられないのが悔しいですが、いくつになっても憧れるモノづくりの世界。大変満足いたしました。
芸術と理工学が融合した、建築展。最後まで理解の外にあると思いきや、建築の仕事の尊さ、楽しさが、少しわかった気がします。機会があれば、ぜひまた行きたいと思います。

残り時間を駆け足で移動。(綴りも駆け足で。)

資料館ちかくの湯島天神へ参拝。時代劇等で頻出の名所です。きっどは、山本一力の飛脚シリーズで登場の、団子屋を妄想しながらの散策。
続いて、お茶の水の画材店で買い物をし、そのまま神田明神へ参拝。
ここも、ドラマチックな歴史と伝説に彩られる、東京ナンバー1のパワースポット。
きっどは、やはり「帝都物語」の主人公たちが錯綜するイメージ。
すこし怖いところかなと思っていましたが、なぜか中堅都市の駅前みたいな違和感のある賑やかさ。
なぜそう思ったかというと、スマホに見入る老若男女が、境内のそこかしこにひしめき合っているのです。
「なに、この光景・・・((;゚Д゚)) 」
皆だまーって、画面をしこっています。そしてまれに痙攣したように上半身をくねらせスマホをぶんぶん上下に振っているのです。
「まさか、将〇公の祟りでは!?」
「まさか土御門家の術式では!?」
あ・・・・・・・・
わかりました! 「ポケモンGO!」!!なのですね!

しかし、由緒のみじんも感じないこの光景。
新しい集客の形といえど、神仏パワーの強力な地へ移住して久しいきっどは、なにかざわつく気分を抑えられないまま帰路につきました。
まったく、「東京の公共というやつは、なにをしでかすかわかりません。」

終わります。

↓国立近現代建築資料館HPはこちらでも。
国立近現代建築資料館

東京きっど・ DOLL、建築、中央アートに酔う。(3)

続きです。

さあ、でもどうやって先生の凄さを理解しましょう?
すみません。初めに言っておくとそれは無理なのでした。
いや、ちがうな。チラシ一枚から、この先生の原画展が見たい!と思えたこと自体凄いこと。しかも初めての建築関連の企画です。
駆り立てられる凄さというのは科学的に説明出来ないですから、このような理工学の展示にそぐわない動機になります。でも、きっど的にすごい!ことではあります。
まあ、仕方ありません、いつも通りきっど目線で行くしかないようです。

壁の展示図面を拝見してゆきます。書き込まれるデータはちんぷんかんぷんですが、美しさだけで、門外漢にも魅せきってしまいます。この魅せきりかたこそ、逆に門外漢でも重要な表現を受け止められるということでしょうか。勉強になります。
模型は、よく学生さんや模型屋さんが使うスチロール製のものでなく、木製がメイン。中には、FRPのようなものや、メタリックなものもありましたが、総じて温かみのある仕上がり。コンクリート打ちっぱなしのイメージが強いので、意外と言えば意外。
そして、きっどが一番惹きつけられたのが、膨大な手書きメモや、図面に添えられるパース。
でもこれらは、安藤先生だから独特で凄い。というわけではないはずだよな。と感じました。
どんな建築家先生でも、五感のすべてを発揮し、イメージ映像を具現化し物質化し実体化させる力を有しているわけであって、この脳内コミュニケーション記録簿の一端を、安藤先生が代表して皆に見せているのに違いありません。
そういう意味では、このメモやイメージ図の段階が、我々絵描きにとって一番理解しやすい共通言語ということになりますが、きっどのような中途半端な作家からすれば、このメモの段階が一番恥ずかしくて見せられない。
自信のなさ、あざとさ、いいかっこしいなど、自身の恥部をさらけ出す過程だからです。
そのような卑下する気持ちは安藤先生には無いんだ。と言い切りはしない(※1)ですが、この展示を通じて自身の仕事を全部見てもらいたい。興味を持ってもらいたい。という気概がやはり凄い人なんだな。と思います。
(※1 というのは、見るからに先生らしくない仕事がちらほらあるスペースがあって、もし自分が自分展を開くなら、絶対飾らないものもちょっとあったかななんて思ったりしてw)
アイデアやイメージを書き止めた大小のメモは、とにかく美しくて楽しそう(?。でもそれが大事)で素晴らしかった。図面にも容赦なく書き込んでありました。パースも上空から真下を覗き込んだパースがあったりして惹きこまれました。

ああ、どうしよう。続かせていただきます。

ミニ写真です。
安藤忠雄初期建築原図展
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