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東京きっど・ DOLL、建築、中央アートに酔う。(2)

続きです。

「人・形展」で、久しぶりに良い刺激を受け、ぽやんとしたまま用事のため移動。この日は終わりました。

翌日、米子復路ANAを最終便にしましたので、2回目の余裕時間あり。上野近くの「湯島」を訪れました。
ここの「国立近現代建築資料館」で開催中の「安藤忠雄初期建築原図展」を見るためです。
建築については、門外漢で理解の外にある分野ですが、イメージスケッチという全くの絵画的思考から始まり、精緻な工学へ変容する行程があったりして大変面白いと思っています。(本業のかたはそれどころではないかもしれませんが)
パースなどのお仕事をいただく際に多少触れますので、この際、一流の建築家のお仕事をぜひ見たいと思いました。

資料館は、湯島合同庁舎の敷地内とのこと。庁舎の無機質なゲートを潜ろうとしますと、こわもての守衛さんが「待って」をします。
「名前と行き先、入庁時間の記入。バッチをつけて。」
「えええっ?」平日の公共施設で、しかも展覧会開催期間中にこんな厳戒体制?
あとで知りますが、この施設はあくまで知財保管庫。自由な立ち入りは基本NGということが理解できました。
しかし、そこかしこで守衛さんが目を光らせています。まことにお疲れ様なのですが、作品鑑賞というより、資料閲覧に近いのかな?なんて身構えてしまいます。
さて、本庁舎裏手のモダンな別棟に辿り着きますと、「安藤忠雄展」のポスターが。
展示館というより、なんだかトマソン地帯のような入り口をおそるおそる抜け、2階の会場に足をふみいれますと。。
「おおっ!すごい!」
体育館なみの大ホール壁面一杯に図面。いたるところに建築模型。中央のガラスケースはサークル状に広々並べられ貴重な資料。さらに内側には、製本青図の展示台がまたサークルに組まれています!
しかも、テラス状に作られた2階展示場は、図面をアート作品にまで昇華させた別展示が組まれています。
これが、入館料無料!! まったく東京の公共というやつはなにをしでかすか分かりません。
しかしながら、これすべてが安藤先生によるものというのが驚愕のひとこと。
安藤忠雄先生については恥ずかしながら、コンクリート打ちっぱなしの外観、六甲の広大な斜面のマンション(?)、東京五輪のすったもんだ。くらいの知識しかありませんでしたので、正直、「一流のよくわからない先生」という認識でした。
さあ、これからその認識を改めるべくじっくり拝見したいと思います。

続きます。ミニ写真は次回にでも。
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東京きっど・ DOLL、建築、中央アートに酔う。(1)

ぶらすたーきっどです。

東京へ行ってまいりました。
プレ記事のごとく空き時間を使い、東京駅前、丸善4Fギャラリーで開催されている「人・形展」(ヒトガタ展)を拝見してまいりました。

販売催事ということで、会場ではスーツ姿のバイヤーが後をひたすらつけてくるイメージでおりましたが、最近は(または、ここのバイヤーは)そんなことしないのでしょうか。会場はとっても静謐。ゆっくり鑑賞出来そうです。

山陰へ移住したのち、まるきり鑑賞することが出来なかった精鋭作家のDOLL展に胸踊ります。 やさしい光の明るい会場に、サイズ的にも居宅に飾りやすいDOLLたちが並んでいます。 
過激な表現も得意とする球体関節人形なのですが、今回はマイルドな主張。この辺が販売催事ということなのか、それとも最近のDOLLたちの纏う空気なのか。 ごぶさたのねぼけ頭では事情がつかめませんでした。

さて、ご期待通り、詳しいレビューはベテランブロガー様にお任せするとして、あくまできっど目線で記したいと思います。
当然の如く、作品の写真撮影はできませんでしたので、拙いレビューではかえって失礼とも思います。
展示の主流は、やはり可憐なロリータ人形。精鋭作家様たちの精緻な仕事が楽しませてくれます。
「欲しい!」という視点では、中山まゆみ先生や、ピグマリオンでもおなじみの陽月先生の作品。エレガントなDOLLがダイレクトに魅せます。
そして今回、最高に胸が高鳴ったのは、佐藤久雄先生の実物の作品が鑑賞できたことでした。
先生の作品は、四谷シモン先生の関連で(間違っていたらすみません)知ったと思います。
申し訳ないことに、初見は「昭和の平凡な家族写真の実体化」みたいな流す感覚で作品を拝見してしまったのですが、この、本当に生活しているようなDOLLの佇まいが、ジワジワと心に入り込んでくるのです。
アニメのようなシャープに切り込んだお顔でもなければ、愛玩としてのデフォルメもない。ただただ日本の生活風景に溶け込んだ佇まいがあるのみに感じます。
しかしながら、「触れてはならない他者の生活や日常をまとった、生々しいDOLL」という表現が当てはまるなら、これを手元に置くということ自体とてつもない背徳を感じることになります。
先生が目指すものと違うかもしれないところ覚悟して記しますが、そのDOLLが異性ならば「普段の隣人」のようなあたりまえの敬意を払いつつも、そっとチラ見しながら過ごしたい危険な感覚に陥ります。これがさらに危険な衣装をまとったりしていたら自制を保つ自信がないほど混乱します。
勝手に変態路線を突っ走るきっどの記事になりましたが、このような当惑はKATAN・DOLLと接して以来のことでした。
まったくすばらしい作品を拝見いたしました。佐藤先生には、益々のご活躍を願うばかりです。

続きます。

↓主催のDOLL販売店「ドルスバラード」の案内はこちらでも
ドルスバラードHP

銀の瞳のDOLL(プレ記事2)

続きです。

「KATAN・DOLL」との初の出会いのあと、今度は対極をなすようなDOLLとの出会いがありました。
伊豆高原に遊びに行った際、たまたま覗いた人形館で、すっかりそのDOLLたちに魅了されてしまいました。

そのDOLLたちとは「MIWA・DOLL」。
人形作家「三輪輝子」先生の作品で、人形の肌の透明感がすばらしいビスクドールです。以降ちょくちょくこのミュージアムに通うことになります。
「MIWA・DOLL」は、どれも気品ある女優のような佇まいをしています。
「球体関節人形展」でも、DOLL達の導く迷宮のなかにあって、そのエレガントさは際立っていました。

前述の「球体関節人形展」は、アニメ映画「攻殻機動隊・イノセンス」の上映に際し、押井守監督がからんで開催されたように覚えています。
劇中では義体を人形と称していることなどから、ある部分観念が結びついており、相乗的に一気に認知されたのはあのころに思います。
ですが、きっどにとって、やはりDOLLはDOLL。
自己の内宇宙にうごめく背徳とか倒錯とか愛憎とか。まったく自覚の無かった感情と向き合わせてくれる異次元の「生き物」です。
DOLLは何かに操られている存在ではないように思っていますし、へたをすれば自分がDOLLに操られているとさえ思うことがあります。
いまでも、「MIWA・DOLL」にはすべてを捧げ服従したいような気持ちになり、
「KATAN・DOLL」の銀の瞳に見つめられると、自分が、とほうもない深遠に迷い込んでしまいそうになるのです。

記事と言うより、やはりフェチ話になりました。
それでは、上京してまいります。

本記事行けるかな? あくまで空き時間に見に行きますので、急なトラブルが無いよう願います。
特に、千葉当たりは今だ台風の爪あとが残っていて皆さん大変なようなので、心してゆきたいと思います。

終わります。

PS
「KATAN・DOLL」は、その希少性から、現在は本物にほとんど会うことが出来ないはずです。
↓ピグマリオンの案内をご覧下さい。
ドールスペース ピグマリオンHP

「MIWA・DOLL」は伊豆高原の「ミワドールミュージアム」で、間近に会うことが出来ます。
↓ミワドールミュージアムの案内はこちらからでも。
三輪輝子先生HP

銀の瞳のDOLL(またプレ記事1)

記事としては、またプレ記事になってしまうのですが。。。

今月中旬、用事で東京に発ちますので、空き時間に何か東京で見れないかとアート情報誌に目を通してみました。

あいにく、きっどの上京日を避けるかのごとく、そそられる展示は終わっているか、開催前でした。

諦めかけていたところ、ある雑誌に「人形展」の開催情報が!

「やった!コレ観よう!!」

人形販売の催事と言うことで、思ってる展覧会と違う可能性もありますが、球体関節人形の写真もありましたので心行くまで見てきてやろうと思いました。
~(きっどの場合、人形・DOLL=球体関節人形)~
中央で暮らしていた頃、DOLL展は比較的コンスタントに見れていたはずなのですが、土地柄なのでしょうか、山陰では殆ど観ることが出来なくなりました。(作家さん、および求心的な勢力が無いように思います。。)
鳥取県中部 倉吉市などは、フィギュアの聖地として町おこしの主力にも挙げられています。
が、きっどは、アニメ・SFなどを象徴するそれよりは、「模倣人体」・・・~人のようで人にあらざる、少女のようで少女にあらざる~。 に対する倒錯ギリギリのフェチズムで迫るベルメール(ないし、その撮影作品)などに魅せられてしまいます。

DOLL作家で一番好きな作家は、やはり故「天野可淡」先生です。
彼女の作品の前では、平静さを保つ自信がありません。当惑するほどの魅力は伝説的です。
ずっと見ていたかった作家先生でしたが、80年代終わりに写真集を出版され、その後まもなくこの世を去りました。
当時、勤め先のバイト社員で、たまたま「ピグマリオン」(可淡先生のご主人主催の人形スタジオ)に通われている方がおり、紹介で可淡先生に会えるかも!と胸躍らせておりましただけに、晴天の霹靂でした。
最後に作品を見たのは、2004年の「球体関節人形展」でしたが、すでに宝物扱いでガラスケース奥深くの展示でした。図録にも著作権の関係で掲載がなく、別刷りの経歴表だけの折込となっておりました。
本当に遠くへ行ってしまったのだと実感しました。

まだ、東京行きには時間がありますね(;^_^A  
プレ記事、続かせていただきます。

球体関節人形展2004 
東京都現代美術館で開催の球体関節人形展の図録と可淡先生の折込解説。 のミニ写真。
表紙の表すものを導き出そうとすると、正気ではいられなくなる。。。
心がざわつく素晴らしい装丁に思います。

丹後半島・怪異の記憶を求めて(本記事5)

最終記事になります。

今回の探訪では、過去に放置してしまったものを一つ決着できたかな。という、まあ自己満足そのものの旅ではあるのですが、何も残らない旅にならず、本当によかったと思いました。
当時このようなブログがあれば充実した記録が残っていたのかも知れませんね。

さて、この旅で感じた違和感を記して終わりたいと思います。
旅の違和感というより、決着の違和感と言いましょうか。
先般から記すとおり、かなり記憶が風化しており、現地に立ってもハッキリ当時が蘇ることはなかったということもありますが、どうも体験した雰囲気は総じて「武者の怨念」。とか「無念の想いによる心霊的現象」。などに「起因していない」ような気がしてなりませんでした。
琴引浜に行きますと、細川ガラシャの歌碑などその時代を匂わすものがあったり、日吉神社のある弥栄町では尊氏任命の一色氏と若桜武田氏との合戦があったように読みましたが、浜に血なまぐさい記録があるようには思いませんでした。

ふと地図を見返しますと、この付近は巨大な前方後円墳の集中が見られます。
我が山陰の出雲王国と並ぶ、古代の独立勢力がこの地にあった。と論じられる、いわゆる「丹後王国」の中心部である。という論拠になる史跡群です。
なるほどたしかに、宿泊した京丹後の市街においても「女王の墓」とされる「大谷古墳」などの案内もあり、その研究者や愛好家には大変魅力的な地域であることが伺えます。
「ひょっとしたら。。」と考えます。
あの武者たちの着ていた鎧は、果たして戦国時代のものであったか。。。?古代のそれではなかったか。。。?
まあ繰り返しますが、記憶は思い込みでいかようにも書き換えられてしまいますし、自身がそんなに歴史マニアでもない為、甲冑の決定的な違いを指摘できるものでもありません。

ただ、怨念や、無念を感じさせることの無い戦士の行進は、ただ厳かで、無言で、なのに少しだけ自由な空気もありました。
その行進の先は、小高い丘に立つ女王に向けられていたかもしれない。。。などとロマンチックな思いに浸らせてくれもします。
きっどが見たものは、「死者の念」ではなく、「土地の記憶」だったのかもしれません。
期待通りに決着しなかった違和感として書いた記事ですが、結局はいちばんしっくり来る表現が見つかったということなのでしょう。

やっと終わりです。

PS  琴引浜の写真もあるはあるのですが、水着客も多く、不審者と間違われるのを恐れ撮影は殆ど行ないませんでした。
ネットでいくらでも見れますのでご勘弁を。
また、この浜は、鳴き砂などでも知られる美しいスポットなのですが、その魅力には都合上殆ど触れられませんでした。
古墳や牛肉など、魅力満載の丹後半島の記事は、また改めたいと思います。

道の駅「丹後王国」も寄り、着物の端切れと手作り味噌を買いました。
ステーキの店もありましたが定休日でした。。。。(´*o*`)
↓道の駅 丹後王国はこちらからも
道の駅 丹後王国
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