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宇宙と繋がる県であれ。「星取県」

先月、何気に聞いていたラジオで聞き捨てならないニュースが報じられました。

「和歌山県串本町に、民間ロケット発射場を計画!」
産経ニュース

いや~。やりましたね!うらやましい!

候補地には、南側の障害物がないこと。などの条件があるそうで、もともとわが鳥取県は候補地となりえないですけれども。。。

近年「HAKUTO」の連携協力や「星取県」宣言などでの「宇宙アピール」に目覚めた鳥取県ですが、お世辞にも盛り上がりを見せる取り組みにはなっていないようです。
そんな鳥取県にとっては、只の「ワッペン販売」のような取り組みとは異なる宇宙事業への参入は、(まあ、個人的にですけど)羨望以外のなにものでもないでしょう。

「星のよく見える県」PRというのは、そんなに悪い着想ではないんですよね。
ただ、あくまで気まぐれな自然のものですので、わざわざ出向いたところで曇天ならそれまでというのは辛いです。それに代わる、天体好きをおもてなしできるような仕組みがあればベストに思います。

そのためには学者さんにも集っていただきたいな。。。というのがきっどの願いです。
日本刀・古伯耆でも書きましたが、PRしたい資源があるなら、それを当地でかくも深遠に研究をしております。という基盤が欲しいですよね。
砂丘はその点成果を見ていますが、天文学で県内在住者となると、きっどの知り合いで一人。。。いやいや、この方が星取県立上げに関わった只一人の専門家と言いますから、この方だけかもしれません。しかも移住してきた方だったりします。
もう一声、力を入れて、長くかかっても本当の星取県を志していただきたいものです。

きっども当初から、良く星が見えるところだな~という感慨はありました。
米子市街でも、学校の夜のグラウンドのような直近に照明がないところなら(勝手に入っちゃダメw)、天の川が見えたりしますし、○○流星群などの天体ショーなど、高原に出向くまでもなく見れたりしちゃいます。それが特別な行為とならない鳥取には、いつもそばに宇宙がある地ともいえます。
うつむきがちな現代の人たちに「夜空を見上げよう。」などと啓発的なことは今さら言いませんが、たまには無限に巨大なものと対峙して、自分の小ささを体感するのも良いものです。
  
そうそう。星のない夜は、海で漁火を見るのも良いですよ~
本来、光害問題などで夜空保全の障害のように言われますが、こちらではスターウォッチングネットワークでの評価は下がらなかったようです。
人の営みを光点として眺めてみる・儚さと力強さが同居する、独特かつロマンチックな光景に思っています。

↓星取県プロジェクトはこちらからも
星取県 観光交流局
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至福極まれり。「生頼範義」展、鑑賞す(3)

すみません。「復活の日」に特化した記事になりました。
まあ、会場の詳しい様子など、他のかたのブログやSNSなどで、すでに報じられているでしょうから、あえて拙いきっどのブログでは書きません。(そこで頑張っても期待などされないでしょうしw)

ともあれ、幼少時代を追体験したきっどは大変満たされた気持ちになりました。
はからずも、一人の人生に、半世紀近く寄り添う作品を創出してしまう喜びと怖さ。。。アーチストとは、孤高にそれを背負い続ける生業なのだと、しみじみ思うのでした。

他にも、ゴジラや軍艦、SFパニック映画のポスターなど、きっどの好物と密接に関わる生頼画伯の画業は、とてもここでは現しきれません。至宝の鑑賞記は、またの機会に預けたいと思います。

美術館を出ると、早速空腹感が襲ってきます。

上野に来ると、必ずといっていいほど寄ってしまうジャンクフード店があります。
光陽展祝賀会の後など、この店に寄ってからでないと、宿代わりにしている実家への列車に乗る気が起きません。

その店とは、上野中央改札から某カメラ屋裏手の高架沿いにアメ横に入り、程ないY字路で、高架から外れる側の路地にカウンターを構える、「ケバブを売っている店」です。
そうなんです。未だに店の名前が不明でした。
近くにいくつか同じような店があるなかで、きっどはいつもここです。けっこう以前からあるように思いますが、詳しくは分かりません。店員さんがトルコの方かどうかも聞いたことはありません。
ただ、感覚ですが、いつも手前の離れたところから店員と目が合い、お互いでニタッ!と挨拶する絶妙のタイミングが良いのです。
すると、すぐ、「ミックス?チキン?」などと聞いて、作ってくれます。
普段、店員さんが店先で「モリモリね~!ケバブ!ドウゾ~」などと客引きしているのですが、きっどのときはいつも・ニタッ!
エスニック好きのオーラが出ているのか、はては人相が特殊なのか。まぐれから顔を覚えられたか?
でも、ニタッ!だけで 「食わせて!」「毎度!」 の呼吸になるなんて、表面的な接客の増えた日本食堂にはないとても好きな味わいです。

終わります。

復活の日

お絵かきソフトで模写。
ポーズ違いをいくつかラフりましたが、この一瞬・決まったポーズにかなうものがなかった。
〈神は我々に何をしたのか・・・!〉

至福極まれり。「生頼範義」展、鑑賞す(2)

映画「復活の日」は、1980年に封切られました。

閉鎖ブログのほうにもフェチ記事として書きましたが、もう一度書かせてくださいm(_ _)m

きっどが小学校6年生のころ、初めて自分の意思で選び、一人きりで劇場に足を運び鑑賞した、大人の映画がこれでした。

できんぼ少年が辛うじて理解した、人類滅亡のシナリオと人間賛歌。
取り残されてゆく絶望の疑似体験・・・そんなトラウマが体に刻みこまれるような映画でしたが、若き主人公役・草刈正雄さんに、行く末を見守ってもらうような安らぎを覚えつつ見終えました。
このインプリンティングにより、草刈正雄さんには肉親を越えたような安心感を抱くようになり、同時に、この映画を何度見ても、過去に実際起こった出来事のように体が反応してしまいます。

そんな、「復活の日」の劇場外のビジュアルを担った画伯の個展ですから、やはり特別な血のたぎりを覚えないわけに行きません。
とうとう原画と対面できるなんて夢にも思いませんでした。

展覧会会場では、「復活の日」専用のコーナーが設けられ、ぞわぞわした心持ちでその前に立ちました。

殆どは、原作小説に挟まれた挿絵です。 小説は、映画特報が報じられてから、封切りの間に読みました。 祖父にねだってハードカバーを買ってもらい、漢字を聞きながら読んだものです。 
まずはマリトと吉住が抱擁している馴染み深い表紙絵。マリトが若干高齢に見えるのは、原作がそういう設定だからです。映画のオリビア・ハッセーにはない力強さと量感も、原作ならではの魅力です。
朽ちたホワイトハウスに2人のファイヤーマンが突入するシーンもありました。カーターがマムシに襲われる場面です。良く見なければ見逃しそうな、憎きマムシがしっかり描かれています。
一番見たかった絵もありました。
自動報復装置解除に失敗し、カーターの死体を前に吉住が最後の時を静かに受け入れるシーンの絵です。
ARS制御装置からぶら下がった、ガーランド中将の腕の骨。その装置が発する強力な光だけが、絶望のファイヤーマン2人を照らしだす、不気味かつ神の一撃をも想起させる狂おしい絵です。

劇場版にはないシーンや、小説版ならではのビジュアルが、きっどのトラウマを鮮烈に補完。
しかし、物語を反芻しやすい一連の絵画が展示してあり、見終わるころには、これは過去に起きた出来事と認知。静かに我に返る事が出来ました。

(3)に続きます。

至福極まれり。「生頼範義」展、鑑賞す(1)

関東激走の舌の根も乾かないのに、新年には再び東京方面に用事で出かけました。
光陽展の作品も遅々として進まず、、、この煩雑な日々はなんだろう。。。(ノTдT)ノ

ところで。
なにか足労を要求する側って、「年に1回のことですので!」とか、「年に1回のお支払いで結構です!」
などと言ってきますが、この、年に一回、という大小諸々のイベントが、はたしていくつあるでしょうか?
支払い、会合、行事、検査点検、etc・etc
また、確定申告など、1行事につき、1週間ほどの手間を取られるものもあり、きっどなどざっと少なく見ても「60~70足労日」はカウントできます。
となると、すくなくとも平均6日に一回は、年に一度の足労日=締め切り、というべき日を迎えることになり、過密月などは3日に一回は、これに追われることになります。
また、これには会社勤務上の締め切りや、絵画を納期内に完成させる。。は含まないのですから、語感の甘い忙殺ロジックとして、とても危険なものだと考えています。

ま。ぼやいても始まりませんけどね。。。。

さて、そんな東京行きで今回超ラッキーだったのが、たまたま東京上野の森美術館で開催されていた、「生頼範義」展を鑑賞できたことです。

ザッツ!オーライ!
画伯の細かい説明は要らんですね。
(ざっくり説明しますと、スターウォーズ日本初上陸時にポスター絵画を手掛けたイラストレーターで、その出来栄えには日本のみならず海外の関係者・ファンまでうならせたといいます)

画伯の遺作展を宮崎まで見に行こうと画策していましたが、米子for宮崎の旅程は休みがいくらあっても足りず、諦め、ふてくされていました。
しかし、待っていて良かった。天は我を見放しませんでした。

訪れたのは、平日の昼食時でした。
にもかかわらず、美術館は盛況のようです。

生頼画伯の絵画には特別な思いがあります。
(まあ当然、ファンの数だけ想いがあって然るべきことですよね。)

きっどにとっての特別な想いとは、
とある「邦画」のポスターや、イメージボード、原作の挿絵を手がけられたからなのです。

その「邦画」とは、小松左京原作「復活の日」といいます。

(2)に続きます。

激走750Km! ぶらすたーきっど東へ(最終回)

続きます。何とか終らせます。

「足柄SA」ではコンビニ軽食で済まし、早々に出発。
海老名から横浜町田までトロトロでしたが、横浜町田から保土ヶ谷バイパス、横浜横須賀道路(通称 「横横」)
と順調に乗り継ぎ、実家にたどり着いたのは午後10時を回っておりました。
約12時間でのゴールとなりました。
なんとか体調維持もできましたので、渋滞含め、これが一つの指標となりましょう。(もっとも、疲れは2日後に出るでしょうw)
たった1日の旅程でこの疲労感。 まったく、運送のドライバーさんたちは、本当に凄いと思います。。。

当日は気絶同然に就寝。
翌日は、開かずの納戸からひたすら恥ずかしい品物を(一人で)運び出し、車に積みました。
作品のみならず、プレミア感満載のコミック、ビデオ、カセット、未開封プラモ・超合金、アルバム、洋服、出るわ出るわ!
かさばるものが多いとはいえ、タウンエースバンが、満タンになってしまいました。。。。
とはいえ、これで、すべて運び出す手はずは整いました。

この日も気絶同然に実家で就寝。
翌日・出発の朝。渋滞を鑑み、5時前には起床し旅立ちの準備。
驚くことに、おふくろだけは先回りして起きており、しっかり朝食を用意してくれていました。
おふくろにだけ別れを告げ、まだ夜の明けない横須賀を後にしました。

高速を逆順にたどり、米子へはやや時間がかかって(速度を控えましたので)午後8時過ぎの着。
約14時間の行程となりました。

米子の自宅では、新たな困難が待ち受けていました。

運んできた来た
荷物の置き場所が無いのです( ̄▽ ̄;)!!


タウンエース一杯のガラクタ。いやもとい、過去の思い出。。。
嫁の困惑かつ、驚愕の表情。
それはまさに、持ち帰った甘酸っぱい遠距離恋愛の記憶すら持ち込めない、
嫁との厳然たる生活の城であることを思い知らされるのでした。。。。

~終わります。

実家でのあれこれや、帰路での楽しかったことなどは、また改めます!


IMG_スコードリーダー

↑今回引き上げた品の中で特筆したいものは多々ありますから、いつか特集できたらと思います。
手始めに、懐かしいアバロンヒル社・シミュレーション・ウオーゲームの、スコードリーダーと、パンツァーリーダー。
友人グループではまりましたので、いくつかそろえていたものが出てきました。


激走750km! ぶらすたーきっど東へ(4)

続きます。
が、いけねえ。だらだら長くなってきました。

第二東名で静岡に入り現れた、「NEOPASA浜松」というSAの看板に誘われ本線を外れたものの、大渋滞。駐車場の工事も混乱を誘い、警備員の誘導に従うも利用車整理などは二の次。初見なので訳が分かりません。
遠くに不夜城のような巨大店舗が見えていますが、ちっとも近寄れず、早々に逃れます。
もう覚悟を決め、神奈川のなじみのあるどこかまで我慢しようとひたすら走りました。

暗い本線が続きます。なじみ深い第一東名なら、遠州灘~駿河湾の沿岸の賑やかな眺めのはず。
夜景の綺麗な焼津、清水。 移住前の測量の仕事で通った薩た(さった)トンネル。 万年混雑イメージの由比。
そして、学生の頃、遠距離恋愛で、唯一長時間2人で過ごせた東海道本線車内。
歳を取るごとに遠くまで足を延ばせるようになりました。そして、逆走するにつれ時間が戻ってゆく感覚がしました。
歳をとることなど考えなかった自由な行動力があったころ、第一東名はいつもそばにある風景でした。
「おんもえばぁ~とほぉくへ来たぁもんだ~♪」
たかだか国内移住ですが、海援隊が口について出ます。
鼻の奥がツーンとしました。

第二東名は神奈川県御殿場で第一東名に合流。
最寄りの巨大SA足柄に寄ります。やはり大混雑でしたが、なじみの場所なので悠々駐車。
すでに予定オーバーの10時間が経過していました。
おふくろの心配した顔がちらつきましたので、さっそく電話します。
「あ、母さん、俺・俺」
「きっどかい!遅くなったね。ご飯どうする~つくってあるよ~?」
「じゃ、軽食でしのぐから、家でまたね!」
「きをつけてね~!」

オレオレ詐欺には決して引っかからないおふくろの声が、なぜか今のきっどの心を癒すのでした。

(5)へ続きます。

激走750km!ぶらすたーきっど東へ(3)

続きます。

おぉ!忍者の里、甲賀!!

甲賀忍犬・黒邪気の縄張りだ!
てことは、この南は伊賀忍犬総帥・赤目さんや霧風たちの守る地か~わくわくするなぁ!!
「山が呼ぶ~♪ 空が呼ぶ~♪」  (ホントになんのこっちゃ)

鼻歌がついとびだしたところで、「甲南PA」の看板が見えましたので寄る事にしました。
すると、目に飛び込んできた建物のキャッチフレーズ
「忍者の里 甲南」!
そして、はためく
「忍者うどん」ののぼり旗!

やった、すっげ~!こうでなくちゃ!
空腹も限界。さっそく食堂のメニュー注文機?(発券機ではなかった)で「忍者うどん」を。
来ました「忍者うどん」!なかなか かっこいいではないですか!!
黒い麺!。。太麺蕎麦に見えなくもないですが。。おお、うどんだ!
黒い手裏剣かまぼこ!謎めいたあぶらげ巾着(しのだ巻)!
おだしもいいね~!面白おいしかった!
続いて、同館内の「忍術茶屋」で近江牛コロッケを買って、立ち食い。あぁしあわせ~。
土産も忍者特化で楽しい。
いいとこ見つけた!また寄ろう!

体調はまあまあですが、本線に乗った途端、ウトウトはまずいので30分仮眠。
すっきりしたところで出発です。

新名神から、東名阪。ここでやや渋滞。伊勢湾岸道に乗り名古屋市街をパス。そして三河からいよいよ未体験道路。
第二東名(新東名)に乗ります。
この間、2時間かからなかったぞ! しかし日が暮れてしまった。。。。!

第二東名は広くて、暗くて、やや車少なくて びゅんびゅん道。
路肩の表示の反射板だけ妙に目立つ、無機質な道路でした。

そして今日二回目の腹ペコが襲って来たのでした。

その(4)に続きます

何気に楽しい、甲南PA。と、うどん。はこちらでも!アスレチックもありました!

激走750km! ぶらすたーきっど東へ(2)

郷里に残した恥ずかしい過去の作品たちを米子のわが手元へ取り返すべく、かくしてきっどはハンドルを握ったのである!

なんちゃって、激しいタイトルですが、きっどのドライブアドベンチャー的記事ではありません。。(-∀-)

日本をあちこち周遊していたのは昔の話。
無理の利かない歳にもなりました。

ですが、郷里に親を残し暮らす身としては、8時間耐久ドライブも非常時の取るべき手段の一つ。
そんなテーマを課した帰省の実施も、意味あるものと考えました。(あくまでも動機はよこしまですがw)

会社から休日を取得したとはいえ、相変わらず夜勤明けの朦朧とした体調のまま出発することになりました。

車は、タウンエースのレンタカー。積載量は1トンありません。
運ぶものは紙、書籍類で重いでしょうが、記憶で辿る限り余裕で米子へ持って帰れるはず。

出発は、予定より遅れて午前10時。

まずは、大嫌いな米子道。異様なスピードで煽る車が多く、1車線で逃げ場のない区間では生きた心地がしなくなる高速道です。

だけど、あれれ?今日は皆さんマナー良いね( ‘o’)

あ。。そうか。。世の中、煽り暴行事件で騒いでいるから、粛清ムードなのかも。。
現金だなあ。。。
でも、これならいけるゾ!!

小一時間で落合JCTを抜け中国道。名神自動車道から、新名神。快調です。

腹の虫が鳴ったのは4時間ぶっとおしで走った午後2時。滋賀県甲賀、忍者の里の気配が濃厚になったころでした。

(3)へ続きます
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~過疎をいいことに、好きに書いています~
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