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A.Iと芸術。機械は人の営みを尊べるのか?

こむずかしいタイをつけましたが、所詮きっどの記事ですから(=∀=)。

元測量技師ながら、きっどはまったくもって文系ですので、人工知能AIについて論じることなど不可能なのであります。

ただ、人工知能が芸術を生み出すことができるのでは?という話題については、やはり耳をそばだててしまいます。

出来るか、出来ないか?に答えろといわれれば、きっどは「出来る!」に一票投じたいと思います。

芸術や創造は、すでにそのピークを過ぎていますので、さまざまな技法をストックさせ、いかにもAIが得意そうな「応用」を利かせれば、およそ出来ない美術芸能などない、、とは思います。
とくに絵画に限って言えば、きっどのような絵画など、たちどころにお株を奪われ、価値を失うことうけあいです。

ただし。。。
ただし。です。
見る側にとっての芸術的価値って、どうなるのでしょう???

~以降、絵画に限ってのお話です~
我々は、割とカジュアルなアートでさえも、その作家の人となりや背負った歴史などを、知らずに読み込んで感動したり、楽しんだりしています。
また、映画「ミケランジェロ・プロジェクト」のように、美術品そのものがたどった物語にも深く感銘したりします。

限りある命が、その命を賭して生み出した作品に出会い、人の営みの尊さを同時に理解し、作品に感動するのではないのかな。。。なんて思います。
もしAIが、そこまで理解し筆をとったなら。。。。
きっどはもうそいつを機械と呼びません。

さて、きっどの家に芸術家AIが納品されたとします。
松竹梅でどう変わるか。。いろいろ考えてみました。

梅型AI(愛称あいざっく)
「あいざっく。疲れたから、絵でも見たいな。何か描いてくれない~」
「わかりましたきっどさん。お好みの画風を設定してください。風景なら描写地の座標を設定してください。」
「めんどくせ。」

竹型AI
「きっどさん。最近お疲れですね。絵画鑑賞などいかがでしょう。」
「いいね~あいざっく。何か描いてくれない~」
「お任せ下さい。どうですか?元気が出るような、○○風のタッチにしました。」
「あまり好きじゃないや~。そこはフィードバックしといて。」

松型AI
「あいざっく。なに描いてるの?」
「邪魔すんな、きっど。今、ほとばしるナノエネルギーをプリンターにぶつけてるところなんだ。」
「わけわからん絵だな」
「人間にわかるか。今はだめでも、10000年後、後の次世代共はきっと評価してくれるぜ。」
「面白い!!がんばれ!!」
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久しぶり怪奇編  母が語った不思議話。

1月24日には、また鳥取が豪雪被害に遭いました。

6年前の教訓が生かされてないんじゃ。。。という手厳しい報道が散見されましたが、まったくその通りに思います。

自衛隊派遣要請も行なわれたこの大雪は、郷里神奈川でもニュース放映され、母からお見舞いの電話がかかってきました。


さて、母の話から怪奇譚に結びつけるのは強引かと自分でも思いますが、せっかくの機会なので記したいと思います。
~母の生まれは、関東地方のなかでも、ひなびた農村地帯でした。 田舎レベルなら鳥取に負けません。
そんな土着的な風土とともに少女時代を過ごした母は、数々のフシギ話を持っています。

その中で、これは比較的最近の話。母の母、きっどのおばあちゃんが臨終の祭におきた不思議な出来事です。

おばあちゃんは、老衰とともに最後の時を迎えるため、生家の離れのベッドに横になっておりました。
母や父は帰省に手間取っており、きっども独立していたためすぐ動けず、医師や、生家の家長である母の弟・・おじさんたちの家族が代わりに見守っていました。

深夜、危篤のはずのおばあちゃんが、突然ふっと意識を取り戻し、おじさんに言いました。
「S朗や。。。裏で皆が騒いでうるさいから、静かにするよう言ってくれんか・・・」
おじさんは、そんな声など聞こえないので「そんなことない。静かだよ!」と答えました。
しかし、おばあちゃんは「いや。。裏だよ。。。山ぎわの畑のほうで・・・皆が騒ぐんだよ・・・」と言い張ります。

そのとき、おじさんはおばあちゃんの示す場所を聞いてゾ~ッとしました。

。。。屋敷墓があるのでした。

生家代々だけでなく、集落の一部の人たちも眠っています。
先に逝ったおじいちゃんが、焼かれるのはいやだと言い遺したため土葬された場所でもあり。。。きっどはそのとき初めてその場所を意識したものです。

おばあちゃんに言われ、おじさんは意を決して離れの窓を開け、墓場のほうを見やりました。

明かりなどない真っ暗闇。。。その中に数基の墓石が立っているはずです。。。シーンと静まり返っています。
そこへまた、おばあちゃんの哀願するような声が重なりました。
「皆。。。騒いでとてもうるさいんだよ。。。静かにしろといってくれんか。。。。」

「今。。。言っておいたよ。。。」おじさんは答えました。

それからほどなく、おばあちゃんは息を引き取ったそうです。

その朝到着したきっどの母が、最後の様子の一片として、おじさんからこの話を聞かされたそうです。

おばあちゃんも、この屋敷墓へ埋葬されました。

この、短い野辺送りにきっども参列しましたが、この話を母から聞かされたのは、ずっと後になってからでした。

~おしまいです。

上淀廃寺 紙模型胎動!

上淀廃寺(跡)は、米子市内にある国指定文化財です。

発掘調査で、飛鳥時代の最古級の寺院跡ということが確認され、指定史跡となりました。
ユニークなのは、建物内の当時の壁画が確認できる遺物が出土したことでしょう。
法隆寺金剛壁画に匹敵する古さだそうです。

う~ん。大化の改新から4~50年ほどで建立された寺院。。。
恐ろしいほどの古(いにしえ)を感じますよね。
もし残っていたら、日本の歴史そのものとして、米子も京都・奈良なみに崇められていたかもしれません。

現在は公園整備化が進んでおり、付属の「上淀白鳳の丘展示館」で、復元された塔内壁画などが見学できるようになっています。

さて!

ここできっどの でば~ん(ルパン三世風)てことなんですが。。。

さて。。なんのことかしら~。。。?

それは、以前設計した米子城の紙模型が、文化財従事者に望外の評判を得て(一般的には、可もなく不可もなくでしたが)
「米子の郷土館のお土産にちょうどいい!ぜひうちにも!!」
というお声がけを最初に頂いたのが、この上淀廃寺だったのです。

専門開発業者に頼めばそれなりの予算がいりますが、そこはそれ。
きっどは地域貢献を惜しまない(と、噂される)作家ですから、立ち上がらざるを得なくなってしまったのです。
救いは、模型開発はそれなりに楽しいことですかね(^_^;)
同施設では仲間の個展などでも今後お世話になるかもしれないので一肌脱ぐことにしたのでした。

に、しても。。
復元案が専門家により作成されていますが、どうやっても「資料」の粋を出ません。
したがって、米子城のときのように「絵描き、きっど」の目線で「美しくセクシーな」上淀廃寺建立が求められます。

ま、なにはともあれ、やってみればなんとかなるかもしれません。
また、経過報告できればと思います!


↓この史跡の紹介です
上淀廃寺 米子市HP

大山テーマの合同展開催。光陽展は締め切り近し!

高島易断の、きっどの今年の運気は最悪。

粗相から信用を失う危険や、身内のトラブル注意など、脅し文句満載の1年が本格的に始まりました。

それらを回避するため、慎重な言動を肝に銘じ、憶測に基づく行動を戒めるアドバイスが書かれています。

ところがやはり易断は当たるのか?きっどの新年は早回しのように明けました。

これじゃ、慎重な言動もへったくれもありません(。>ω<。)

先般からご紹介の、美術館後援会合同作品展が本日開催。
大山寺開山1300年祭を翌年に控え、その盛り上げに一役買おうと、「大山」をテーマとした壮観な展示会になりました。
きっど作、油彩画「黄昏の乢」お披露目となりました。

これが終わると、すぐ「鳥取県美術家協会展」へ搬入、開催となります。
今期会場は、中部・倉吉市。1月31日からの開催。地震被害をふきとばすためやるしかありません。

そのすきに商談が入ってきました。申し訳ないことに在庫がなく、受注生産の形でご了承いただきました。うれしいのでやるしかありません。

そしてさらにそのすきに、個展の依頼が舞い込んできました。
春以降まで動けませんが、デビューでお世話になっているギャラリーからのお誘い。死んでもやるしかありません。

そしてさらにさらにそのすきに、絵画仲間の個展のプロデュース役を任されました。
春の企画展。文化財とのコラボとのことで、たしかにきっどが適任です。きっどがやらねば誰がやりましょう。

そして最終懸案。光陽会の締切日が、とうとう役員を通じて公表されました。
あと一月で、120号大作搬入。。。。どうしよう。。。。

はい。全部やるしかありませんよね。がんばります!

↓まだ下塗りの段階。。。
今年度、脳内テーマにしていた、渓谷絵画の集大成。 GO!!行っけーー!!

光陽会制作中2

米子も本格的な雪になりました。

米子では14日から3日間ほど、今期本格的な雪となりました。

雪といえど、こともなく日常は過ぎてゆきます。関東と違い、西の雪国たるゆえんです。

米子の雪被害で思い出されるのが、6年前のH23年豪雪(山陰豪雪)でありましょう。
H22年大晦日の降雪が、ひと晩のうちに80cm近く降り積もり、パニックとともにH23年の新年を迎えました。

移住して、いや、人生初めての雪害。
ましてやこのときは、地元のかたも混乱するほどの被害となりました。

主要道路は寸断。きっどの会社に接する国道でも、2キロ先で大型車が立ち往生。通行不能になりました。
大山町では、国道で1000台の乗用車が立ち往生。 近隣住民が救援に動いたり、自衛隊が出動しました。
米子では鉄塔が雪の重みで曲がり、大停電が発生。境港では、漁船が雪の重みで沈没しました。

きっども例年の会社勤務。大晦日は外回りで、弓ヶ浜の松林が、雪で次々折れ曲がってゆく恐ろしい光景の中、国道431号を走っておりました。
夜半になると道路がマヒ。それでも、ウルトラブラックな我が社は外回りに(顧客の様子見を兼ね)行けという。
定通切れたら遭難したと思って救助に来てくださいよ!と言ってから出かけたものです。
社用車を捨て、マイカーのジムニーを使用。これが良く走った!!

恐ろしかったのが、深夜の米子市北部・大停電エリアを走ったとき。
家の明かりも、信号も、すべてが沈黙した、雪だけが降りしきる世界でした。
わだちに落ちると、車の腹がこすり、危ないの何の。
何とか顧客の施設に到着しますが、正門前の守衛BOXの明かりも消えていてまるで廃墟。そもそも、正門自体雪に埋もれていて知らない場所に居るようです。
とりあえず守衛室に顔出しするため車を降り、埋もれた正門を乗り越えようとしたところ。。。

ずぼっ!

吹き溜まりが想像以上に柔らかく、股まで雪に埋まってしまいました。一瞬身動きが取れなくなりましたが、転ばなかったので助かりました。お尻側の雪を崩しながら、何とか後退。車まで戻りました。
周囲は真っ暗。他に誰も居ません。恐ろしくなり、ほうほうの体で逃げ帰りました。

まあ、会社のおかげではないですが、人生初の雪害の恐怖を身をもって体験することができました。

現在の鳥取県は、これを教訓に、雪には比較的早い対応。 会社も無理は言わなくなりました。

また思い出話で、済みませんでした。

今度は、私の絵を好いて下さった方が逝きました。

年明け早々の哀しい訃報。。

今度は、きっどの絵を大変好いてくださった方が逝ってしまいました。

先般より、議員諸氏の文化芸術に対する無理解を嘆いてきたきっどですが、この方は違いました。
美術鑑賞、句会への参加と、文化芸術を愛されながら、鳥取県西部で町議会議員をお勤めになられていたこの方の訃報を知ったのは、ご遺族からの年賀状の返信によるものでした。

ご逝去は昨年夏の終わり。
その半月ほど前に電話を頂いていたので、とても信じることが出来ませんでした。

先生(と呼ばせていただきます)と知り合ったのは、きっどが鳥取県内の絵描きとして駆け出したばかりのころ。
大山山系で好きな山、「烏ヶ山」スケッチの適地を偶然見つけたきっどは、さっそくキャンバスを広げました。

そこは、「烏ヶ山展望台」からの眺望とはまた別の、手前の山との配置が絶妙に見える素晴らしい景色。
それを一望する畑の一角でした。

夢中で制作に励んでいますと、人影が現れました。 この方が先生。地主さんでした。
立ち入りのお詫びをすると、とても気さくに「写真家はたまに来るけど、ここからの景色を描こうとした人はあまりいない。大いにやってください!」と励まされました。
手前の山は「城山じょうやま」。すこし先から見える山が「三平山みひらやま」など、近くの魅力的な山の説明もしてくださいました。
後日、出来た作品は先生に寄贈させていただきました。さっそく、公民館内に展示されました。
先生は「大変好きな作風です。これからも応援しますよ!!」と話され、それ以降、殆どのきっどの展示を見に来てくださいました。

速い話、先生は、きっどの絵の県下一般ファン、第一号なのでした。。。。

亡くなる半月前の電話も、きっどの最近の活動を読みました!との内容。 うれしい心遣いを下さる方でした。。

まだまだお若く、前日までお元気だったため、本当の急逝だったようです。
とても顔の広い方でしたので、米子のきっどまで連絡はまわらなかったのでしょう。

大山近くに住まわれ、その山の絵を褒めてくださる先生の存在は、きっどの創作のモチベーションの一つでした。。
とても哀しいです。

ご冥福をお祈りします。

増やせ!文芸取扱いのプロ。学芸員!

奇怪なことが起きました。(といって怪奇談ではありません。)

おととい、午前中を車で過ごしたきっどは、ずっとNHKラジオを聞いていました。

地域ニュース鳥取において「県下の学芸員の人数」についての危惧、および、それに関する今後の課題と対策が、朝と、昼に放送されました。
翌日改めて、ニュース内容を新聞やネットで確認しようとしますと、なぜかネットでは削除され(キャッシュのみ残存)、新聞には掲載されていませんでした。
憶測ですが、発表内容に不備があったのではないかと感じました。

県の施策に不利益となるような憶測のもと、あえてきっども記事にしたくはありません。ただ、市の文化事業のお手伝いをしながら感じる事実は、この期を借りて、あえて発言したく思います。

学芸員不足は確かに深刻な問題です。
文化財、美術品の保存・展示・発信に際し、文化都市として決して良好な状況とはいえないからです。
しかも、当該学芸員の専門能力に適した配属がなされているかとなると、もっと厳しい状況ではないでしょうか。
職員の兼務や、OBの参加に頼るギリギリの運用に加え、財政難で新たな人材や設備の確保も思うように行かない現実がたしかにあります。

そして、そんななか台等してしまうのが、以前の当ブログで中傷めいた行為を咎めさせていただいた、節約、無駄の廃止という世論を盾にする議員たちです。
日々の糧に直接関係ない文化事業の見直しをスローガンに、共鳴する市民とともに署名活動などを行なっています。

合理的で、無駄のまったくない行政。
やってみたらいかがでしょう。できたら良いかも知れません。存外に。

その土地にはきっと、市民の憩いの場や、シンボルになる城跡などないのでしょう。
美術館も図書館も体育館もないから、うるさい文化芸能人は外に出て居なくなるでしょう。
歴史もないから、土地を誇れず過去から学ばず、先人への畏敬の念もないのでしょう。
残る遊興は、ギャンブルぐらいになるのでしょう。

ただ、今も鳥取は、日本を代表すべき文化芸術・風土。すべてがあります。

そして、それらを保存、展示、発信する学芸員の不足は、文化拠点鳥取をなかなか表に出すことができない、まさに衰退に拍車をかけている一因とも考えられるのです。

たしかに、厳しい財政。バランスよく県民の暮らしを配慮いただくのは、議員皆様の大事な役割。お任せしたいと思います。
そのかわり、切り易いところをターゲットに節約の声を荒げるなら、まずはご自身の業績と、収入を十分見比べていただき。なおかつ、現職の学芸員の皆様に負けない労働をしていただいてから!

にしてほしいと存じます。

平成28年度の主題「水」。無事描けたかな~!?

たまにはペインターらしい記事も必要ですよね。。。(;^_^A

現在は、光陽展と美術館後援会展用の作品、同時並行ですが、やはり年度の集大成は「光陽展」への出品作。
毎回、山陰の風景をモチーフに、表現したい主題を決めています。
今回のテーマは「渓流」。

前回、”駆逐艦と、日本海”という、きっど的にはダイナミックな水の描写にチャレンジしてみました。
今回は繊細な川流れの「水」の表現。
ここ2年ぐらいをかけて、小品などで近場の渓流などを描いておりましたが、いやはや難しいの何の。。。

ブナ林を源とする渓流はとても美しく、すこし頼りなさげな儚い雰囲気で、流れは繊細。
そんな大山山系の渓流は、川底の状態まで考慮しないと、大河のような絵になってしまいます。

木谷沢渓流という作品を手がけたときの備忘録が出てきましたので、恥ずかしながら、以前苦労した渓流制作風景を掲げたいと思います。

ブナ林源流域の渓流は、スポンジ状の山肌から染み出た水が集まり、岩石の合間を縫う弱い流れが特徴的です。
水の落差はあまりなく泡立ち部分も少ないので、オーソドックスな描写では大山の渓流は描けませんでした。
木谷沢渓流制作中1

↑写真(部分)では、現地スケッチによる水の動きが記載されています。
上半分の筆入れはほぼ終わり、水に取り掛かろうというところ。赤絵の具の下地汚しも残っています。
現地の雰囲気を伝えるため、高度差を意識しています。現地では最上流は見えず、現場エスキースで最も遠い部分の流れも入れ込みました。
左の流れが特に難しく、いったん淵に落ちた水が棚状の川床を乗り越え、右から1/3くらいのところで段になって流れ落ちます。
これを逆手に、右の流れは早く。左は遅くという変化を書き込みます。

木谷沢渓流制作中2

↑その段の部分の流れは特に複雑ですが、省略も交えます。小さい滝は、その発生源の流れが矛盾しないよう配慮します。
逆に、省略出来ないのが、川床の石。透明度命ですので、下塗りにはっきり描き込んでいます。

山陰の八百万の神さまが作り出した、複雑だけど調和した名景。

細部に神様の肖像を感じながら、これからも山陰の風景をがんばって描いてゆきたいと思います。

心に留めた水彩画 ~相曽晴日~

あ~あ。またフェチ記事書いちゃう♪

記事タイは、シンガーソングライター「相曽晴日」さんの3rdシングル発売当初のラジオCMから。
伝説の番組「コッキーポップ」の合間に、ふっと流れるメロディーにときめきました。

ポプコン受賞からシングルデビューが1982年。きっどが中二病真っ只中に出会ったこの歌手は、以降、理想のルックス、理想の性格、とにかくすべての理想を兼ね備えた女性として、心のなかに君臨することになりました。

記事タイで、「絵描き・きっど」との因縁も浅くないということを示すつもりでした。
当時、ノートの落書きを卒業し、「作品」を残すことを強烈に意識しだしたころ。
ハウツー本でも手ごろな価格の「漫画の書き方」などを読み漁り、デッサンから着色までの基礎(はては、油彩を知るまで)は、すべて水彩画で築いてきました。

画面構成は、ほとんどの場合、相曽晴日さんの楽曲からインスピレーションを受けました。
片時もはなさず彼女の曲をBGMとしていたため、至極当然、自分の創作に影響します。
彼女の楽曲は、心に響く切ない歌詞や、ファルセット、アコースティックな雰囲気などが魅力に挙げられますが、きっどが惹かれるのは色彩感。
文に起こすと難しいですが、まず、単色ながら艶やかな、澄み切った地平があり、風や、波、自然の矜持に満ちた世界。そこに色鮮やかな点景があって、それが人の喜怒哀楽  といったコンポジションが想起できるのです。
灰色一面の雪雲がスミレ色に染め変わる、彼女の曲の色空間。
「耳で聴く色彩空間」晴日さんの楽曲すべては、今も「絵描き・きっど」の根源を支えています。

そうそう。はじめに触れましたが、きっどは彼女のルックスにも非常に魅せられました。
初の横浜コンサートでお会いした感想。
当時彼女は二十歳なかごろだったのでしょうか?その愛くるしさは筆舌に尽くします!
当然あの声量を堅持する体躯あってのものですが、そのバランスまで加味した可愛らしさは本物だ!と、中二病の続くきっどはしびれまくったものです。(そのかわり、どうも写真写りの点で、きっど的に満足行かないものがあり。。。)

ご結婚、ご出産の後、曲の作風も、より深い愛、堅い絆を歌ったものに。
アルバム「月の子供」~「ただいま」で、晴日ワールドの次なる地平に心をゆだねています。

↓きっどの、横浜コンサートでの記念。
チケットを買うとき、イベント屋が送ってきました。 資料価値は、ないかな~w。 でも、青春の一こま。懐かしい!
(亡くなった明日香さんの名前もうかがえます)
相曽晴日 横浜コンサート

初夢。。あまり見たくない。また迷える街を見る。。。

どうでもいい記事でして。。

松の内は忙しく、会社に出ずっぱり。。は書かせていただきましたが、それを踏まえるとこの8年近くは初夢というものを見ていないということになります。

初夢=大晦日から元旦にかけて説。や元旦から2日にかけて説。
など諸説あるようですが、今のきっどにはどうでもいい説ということになりましょう。

ただ、きっどはあまり夢は見たくありません。
元来、あまり夢は見ない(覚えていない)ほうですが、きっどの見る夢は、ほとんど”あること”が共通となっています。

それは、「知らない街をさまよっている」夢です。

知らない街。は、毎回デザインが違いますが、夢の中の自分にとって「情報はある。が、初めて歩く。」体(てい)で登場します。
風光明媚なところはなく、無国籍で混沌とした、夜の賑わった街の一角。という趣きが多いです。
同行者もいる体(てい)ですが、毎回異なるうえ、はっきりと視界には現れず、会話もあまりしません。
その街に来た目的も分かっている体ですが、目前のごたごた(迷った、乗り物に間に合わない、無くし物をした)などに追われ、基本的に、不安で・イラついて・あせっている自分がさ迷っているのです。

自然に目が覚めて終わりますが、見る夢は決まってこのシチュエーション。
けっして怖い夢ではありませんが、目覚めると疲労感と不安感がのしかかる、あまり好ましくない夢ではあります。

そんな夢ですが、一度だけ、とても幸福感に満たされたことがあります。
迷える街で、偶然出会った(ごく平凡な)一人の年若い女性に飲みに誘われました。
(現実世界でも)疲れて切ない気持ちでいっぱいになっていたこの中年男を、励まし、元気付けてくれました。
誘われて”おずおず”返答しようとしたところで、残念ながら目が覚めました。 気付くと涙があふれていました。
彼女への下心が叶わなかった涙でなく、素の自分が不安にさいなまれているとき、かけてもらった優しく元気な言葉に、胸がいっぱいになってしまったのでした。
いったい、彼女は何者だったのでしょうか? 願わくばまた会いたく思います。

。。。嫁には内緒ですが。

新年は、あったか~い 小豆ぜんざいから!!

明けましておめでとうございます。本年も、よろしくお願いいたします。

特に思うところのない新年。
大作の締め切りが刻々迫るなか、新年の儀式を粛々とこなし、夜は会社員として勤務に励みます。

山陰ならではのお正月。のひとつ、お雑煮にあたる椀物が、”ぜんざい”であることは、なにかとご存知のかたも多いと思います。

関東生まれのきっどは、さぞやキツイお正月になるかと思いきや。

これが断然美味しいの(^-^)v!!


知り合いの方が、おすそ分けしてくださるお餅を使います。
厳選のもち米を使った、絹のような歯ざわりのお餅!!

餡は、お菓子屋が作った地元産小豆の粒あんこパックを使い、米子の水と、山陰のお酒で溶いてアツアツを作っておきます。

双方合わせて、極上のぜんざい完成です。

おもちは焼きません。火事にあわないよう縁起をかつぐためで、冷えたものはレンチンします。

こちらの甘味は、塩味を感じない爽やかなもので、おせちと良く合って、おいしいです。

今年も、無事ぜんざいを頂けたことに感謝です!
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ぶらすたーきっど

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~過疎をいいことに、好きに書いています~
こんなブログですが、良いご縁がありますように。

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