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南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(4)

続きです。

さて、幸いにも。。。と言って良いかどうかわかりませんが、忠義公は祟りを引き起こすようなこともなく、静かに倉吉の地を見守っておいでです。 信頼に足る人物であったことは間違いなく、八賢士の忠義(ちゅうぎ)に答え、いまも殿様らしく振舞われているのかもしれません。

倉吉市では、毎年、「倉吉せきがね里見まつり」を開催し、忠義公と八賢士を偲んでいます。
神事については関係者のみで行われ、続くステージイベントでは大変にぎわうようです。
毎年9月初旬の休日開催なので、きっどの繁盛期と重なり、いつも見逃すのですが、いつか参加したいと考えています。

さいごに、少しだけ写真を上げさせていただき、終わりたいと思います。

里見忠義菩提寺 大岳院
忠義菩提寺 大岳院 転封後はこの門前に屋敷を構えました。 白壁土蔵群という景観保存地区の一角にあります。

大岳院門前 武家屋敷跡 案内
大岳院門前の武家屋敷案内。 ただし、この屋敷の住人は、のちに鳥取藩へ移封した池田氏に仕える武家です。

大岳院 向拝
大岳院境内にて
大岳院境内

大岳院 里見家墓所
山門すぐ横の里見家墓所。 「八賢士」、叔父の「正木大膳」、家老「堀江能登守」も共に眠ります。

里見忠義屋敷跡

左 里見屋敷跡。 現在の区画ではピンとこないですが、倉吉区検察庁庁舎横、加茂神社の門前にもあたります。
右 屋敷跡から打吹城跡(倉吉城)を見上げる。忠義公は、城に住むことはなかったとされます。

終わります。
八犬伝がお好きな方は、ぜひ聖地巡りにいらしてください♪

↓そのほかの情報はこちらからでも
倉吉せきがね里見まつり ;公式HP
倉吉観光協会HP
里見氏大河ドラマ化実行委員会HP
ひなビタ ;倉吉市HP
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南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(3)

この半月は所属団体の活動やらなんやらで飛び石的に外出が続いてしまいました。
久しぶりの更新です。

記事を続かせていただきます。

さて、物語のさわりを終えたところで一旦空想の世界を離れ、鳥取でその生涯を終えることになった「里見忠義」に触れたいと思います。
忠義は、通説では、安房里見家の10代目頭首。この若き館山藩主は、活躍もこれからという慶長19年、大久保長安事件の連座という名目で、突然、幕府より滅封、領地替えという沙汰を受けます。
これはタイミング的に、徳川が大阪冬の陣を仕掛けるにあたり、身近な、しかも江戸湾入り口という要衝を陣取る外様大名の里見氏が、煙たく、そして危険な存在と感じたための謀略だったとみる向きもあるようです。
安房は没収、鹿島の替地として伯耆の国3万石を与えられ、同年秋、忠義は倉吉藩主として、今の鳥取県倉吉市へやってきました。

しかし、着任後3年ほどで新たな領主が移封したため、忠義は百人扶持の知行とされ、倉吉城下を離れてゆきます。
やがて、病に倒れた忠義は、元和8年、29歳の若さでこの世を去りました。
安房里見家は、ここで途絶えてしまいました。

忠義の死後、ずっと里見に忠臣を誓っていた8名の家臣が殉死しました。この8名も、忠義と同じ墓所に葬られ、忠義を守るかのごとく墓列が置かれております。
この8名の戒名には、忠義の戒名と同じ一文字の「賢」がいれられており、「八賢士」と呼ばれました。
また、千葉県館山城のふもとには「八遺臣」の墓所。というべきものがあり、「八賢士」の遺骨が持ち帰られているという口伝もあるようです。
これらのことを「馬琴」が知っていたかどうかは定かではないようですが、「八犬伝」のモデルではないと言い張るほうがもはや「不自然」といえましょう。

なんとも不条理で、やるせない思いが錯綜します。
忠義が館山藩主についたのは10歳のころだったといいます。
藩政は家臣のサポートを受けつつ執っていたのでしょう。ですが、これからという20歳そこそこで政治事件に巻き込まれ、首都圏から山陰へ追放される形です。
多くの家臣は離れてゆきますが、新天地で頑張ろうという忠義の姿も、神殿修造への協力などからうかがえます。
それなのに、不遇続きのうえ病死してしまうとは。。。
目の奥が熱くなるのを禁じえないのです。

続きます。次回は、倉吉の、忠義ゆかりの写真などお見せできればと思います。

南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(2)

続きです。

南総里見八犬伝(以後 八犬伝)は、安房里見初代・義実が、結城の合戦から落ち延びるところから始まります。
(義実の出自については、所説あるようです。が、ここはあくまで物語ですから、それはさておき綴ってゆきます。)
結城の合戦は、上総の結城氏による室町時代の反乱で、現在の茨城県南西部、千葉県境に比較的近い結城城で発生しました。
物語では、落ち延びた義実は三浦の浜へたどり着いたということですから、東京湾西岸の、きっどの郷里付近を通過したことになります。
義実は、そこの沖合で、白竜の出現を見ます。
三浦海岸の沖合に見えるは房総半島(安房の国)。そこに吉兆をみたのでしょう。安房へ渡ることを決意します。

安房では、滝田城主に反逆した「山下定包」を義実が討伐。続いてその妻「玉梓」も斬首されますが、間際に「里見の子孫を畜生道に落とし、煩悩の犬にしてやる」と、呪言を残します。
この怨念が、後に義実の飼い犬「八房」に憑依。やがて「八房」は、燐領館山城主「安西景連」の首を打ち取ります。これは義実の戯言を実行したもので、約束の褒美は、義実の愛娘「伏姫」との結婚でした。「八房」は約束を守れと荒ぶり、姫とともに「富山(とみさん)」へこもってしまいます。
そこで、姫の身を案じた元の許嫁が八房を銃殺。一件落着体とおもいきや、伏姫は、八房に体を許していない身の証に自害。同時に、姫の血は光となり、手にしていた数珠を天高く飛散させます。
これが、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の仁義八行の玉。(ちなみに、残った数珠球はまとめられ、ヒーリングアイテムとして活躍します)かくして、元許嫁の滝田城家臣末裔「金碗大輔」は「﹅大(ちゅだい)法師」と名乗り、八つの玉を探し求める旅に出かけます。その道中、運命のきずなで結ばれた八犬士が集い、大活躍することになるのです。
じゃーん! ♪アイウイォンッドンッ ナイトエンデ~ ドンセイーグッバーイ~♪

はああ。。プロローグをまとめるだけでもこのありさま。

作品は、江戸時代のものですが、時代設定は室町後期、1450年ごろを中心とし、(物語)安房里見氏初代、義実を軸においています。
波乱な戦国時代の中、事実と微妙にリンクさせながら、馬琴はこの壮大なファンタジーを描き切りました。

安房里見氏の迎えた悲劇的終焉が、馬琴の創作意欲を書き立てたとみるむきも多いようですが、前述のように作品の根底には「勧善懲悪」「因果応報」。でして、現在の戦隊ヒーローものにも通じる論法。いや、元祖といっても良いのでしょう。
伏姫がテトムで、八犬士がガオレン。。。あ、いやいや。まあそのような正義(忠義、仁義)の力が、世の暗雲を打ち払うような活躍は、いつの時代も胸のすく思いにさせてくれるのでしょう。

続きます。

参考 
南総里見八犬伝 ウィキペディア
チバテレ 千葉テレビジョンHP 
里見氏 ウィキペディア

南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(1)

本記事で続きです。

九州大宰府を訪れた際、菅原道真の生涯を彷彿させるような、「戦国大名・安房(房総)里見氏」の終焉が、鳥取で起こったことを思い起こしました。
当時の武士たちが波乱な生涯を送ったことは珍しくありませんが、こと、きっどの郷里関東と、第二の故郷鳥取をつなぐ奇異な縁の一つですから、ここにあらためて綴ることにいたしました。

安房里見氏が、有名な激戦の主役でなかったにも関わらず、なんとなく周知されているのは、おそらく、「南総里見八犬伝」という伝奇物語のモデルになったからだと思います。
この物語の原作は、江戸時代の戯作者「曲亭馬琴」。怪談取集や「うつろ船」の紹介などでも高名な、オカルト界の偉人でもあります。
28年の歳月をかけ完成。全106冊といわれる大長編ですから、きっどごときが気軽に読破できるものではありません。
それでも、道徳的知見や勧善懲悪、怨霊や超能力が登場する大エンタメに違いなく、現在でも様々なコンテンツが作られるなか、きっどは、前述「寿三郎」による人形劇「新八犬伝」や、角川映画の「里見八犬伝」などを視聴しました。

蛇足ですが、角川「里見八犬伝」は、前面に出されたJACのアクション+俳優の多様で、どうしても「宇宙刑事」シリーズを見ているような気がしてなりませんでした。また薬師丸ひろ子の濡れ場が長尺すぎて、家族で見るのはどうかというのもありました。それでも尊敬申し上げる深作欣二監督作品ですので、十分ワクワク楽しみました。ビジンダーとギャバンの共演(!?)にはジャッカー電撃隊以来の狂喜ものでした。

・・・余談はさておき( ‘ω’)

唐突に九州などから話を綴ってしまいましたので、少し、ワードの整理をしておきたいと思います。

「南総」 とは、現在でも千葉県南部地域のことを言います。主に房総半島部分の南半を指します。

「安房」 とは、位置的には「南総」と同意で、律令国の呼び方です。代々ここの外様大名が里見氏でした。

「安房里見氏」は、特に里見義実が入国した安房で拡大した家系です。

「館山」 とは、後述しますが、房総半島南端に位置します。三浦半島を対岸に浦賀水道を形成する拠点かつ要衝です。古くは館山城を要し、現在でもJR内房線、アクアライン、東京湾フェリーなどで東京都からのアクセスも比較的良好。観光、水産などで活発な地方都市です。
ちなみに駅周辺では郷土食「アジのなめろう」を供する店も多く、きっどのひいきの店も何軒かあります。

「ビジンダー」は「人造人間キカイダー01」に登場した味方側アンドロイドで、変身前のマリを演じた、若き「志穂美悦子」が超美人です。
「ギャバン」は宇宙刑事です。

・・・続きます。



南総里見八犬伝 鳥取で散ったDNA(プレ記事)

ぶらすたーきっどです。

このブログでは、わが山陰と、きっどの郷里とをつなぐ奇異なご縁をいくつかとりあげてきました。

犬塚物語では権吾呂太夫と坂田金時が。大山レイライン(w)では大山伯耆坊が。船上山を太平記が。。。という具合にです。

先の記事で、三次市「辻村寿三郎人形館」の探訪をつづりましたが、これには間接的な続きがありまして、郷里関東とのご縁の話へとつなぎたいと考えていました。
年明けの節目がつきましたので、このプレ記事を皮切りに、いつものキャンペーン記事でつづってゆきたいと思います。

話は唐突に、昨年昨月中旬に所用で訪れた、福岡県太宰府天満宮から始まります。

太宰府は、平安の貴族 菅原道真公が、朝廷のはかりごとで左遷され、憎しみの中、生涯を終えた地と言われます。
怨霊を鎮めるため天満宮が創始されました。
福岡市街からは多少不便な場所なのですが、駅前参道から大層賑わっています。
怨霊が転じて守り神になったのですから、尋常じゃないパワーを感じるのでしょう。
名物梅ヶ枝餅を食べ歩きしながらふと思いました。
そういえば、鳥取にも、関東から転封を命じられやってきて、無念にも家系を絶った殿様が居たな。。。
安房の里見氏だ。。。ただ、県内では扱いがあまりに静かで、ついつい意識下に残りません。

そうだ。。。
寿三郎人形館で八犬伝を懐かしんだ記憶がよみがえりました。
「里見。あぁ。。。南総里見八犬伝か!?」
きっどとのご縁ネットが光った瞬間でした。

本記事に続きます。
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